2011年12月24日土曜日

今晩セックスしよう。

ややさん40歳独身、身も懐も寒い今日この頃ですが如何お過ごしでしょうか?
珍しく仕事が忙しく、それでいて集いが多く、まぁ忙しい時は忙しいものね、と思いつつ。21日、22日、23日と続けて宴でしたわ。明日は朝から会社でレポート書こう。

22日は学校時代の連中との飲み会だったのですが。
「○○ちゃんを囲んではしゃぐ会」という長年消息不明だった○○ちゃんを囲んではしゃぐ予定にも関わらず○○ちゃん「帰国せず」という素敵なアクシデントもありーの。
(○○ちゃんについては個人情報の許す限りいつか書こうと思うが、そこそこ波瀾万丈なのね。)
でも20年前にディープな関係で暮らしていた46-38歳の年齢幅のおっさんおばさんの集いはとてもとても楽しかったよ。
僕はね。

僕はね。というのもだな。おいらやらかしてだな。
最後の夜中3時まで残った同期(ひとつ歳下だが)の女の子に延々と
「今晩セックスしよう。」
と言い続けるという変態的失態をしたのだよ。しかもその女の子にまったく興味無いし(好みじゃ無いのね)。
ひとに迷惑かけないと楽しめないというのも困ったものだ。怒ってないといいんだけど。きっとあと10年は会ってくれないね。

「今晩セックスしよう。」
には酔っぱらい理論が働いて、「酔っぱらい脳」的には筋が通っている話なんだがね。

ここに40前後の男と女が居る。お互い一人もんで、お互いに魅力は感じていないが、見た目も普通(女の子の方はちょっと世間的には可愛いかも よ)、経済状況も普通、性格も破綻していない(男の方は少しだけオカシイが)、それほど欠けたるものが見当たらないにも関わらず嫁にも婿にも引き取っても らえない。
これは我々二人がお互いを知ることで、互いの良いところ、良く無いところを知るべきだ。だから今晩セックスするべきなのだ。

という理論だったのだが、まぁ素敵だね。
セックスするにも理論武装(酔って破綻しているが)を必要とする面倒臭い男、ややさん40歳、独身です。


そもそも何故セックスになったかと言うとだな。
40歳前後の集いでさ。結婚しているひとは「子作り」もタイムリミット近くで頑張っている、と。
そうすると、セックスが義務になってくるんだって。
「今晩から3日間が勝負なので頑張って。」
とか言うとさ。文字通り「頑張って」セックスしなきゃいけないそうだ。

なんだかもう「種付け」だよね。結婚未経験のおいらにはなんだか想像も出来ないよ。
既婚者には、当り前の話かね、これは。

もっと子作りとかセックスって、ロマンチックなものじゃ無いの?
そうあるべきだよ!

という万年廚ニ病のおじさんの頭の中は童貞キングのようにセックスのことばかりなんだな。

さて、なんだか15年振りぐらいに女の子口説くモードに突入したっぽいので、女の子口説き回ろう。しかし15年振りってな。フンガフッフ。

2011年12月3日土曜日

仮面。

■
「兎に角カッコいいんです。朝起きた瞬間からカッコいいんです!」
某芸人と公然の仲の女子アナの弁。オノロケもいいとこだよな。

朝起きる。鏡を見る。カンニング竹山みたいなおっさんが無気力で映っている。髭そってる日は山崎邦正みたいな日もあるね。んで、鏡見ながらグニュグニュやって顔を作る訳だ。おいら、朝起きてから家を出るまでに2時間を要する。

■
大手企業の営業マンに同行して仕事行くことがよくあった。法人営業ね。
客前だと、満面の笑みで、へこへこしてるんだ。みんな。
でも、客がいなくなると「ヘッ」って感じの顔になって、客の悪口言ったりね。みんなそんなもんだよね。場面にあわせて、顔って作る。

■
ウッチャンナンチャンの内村氏って、プライベイトだとオーラ0なんだってね。冴えなくて、街に紛れると気付かれないそうだ。
彼についての分析のようなものを読んでいて、あ、これだ、と思える言葉を見つけた。
「憑依型芸人」
つまりはコントなどで役に入り込むと役がのりうつる。「なんとか」って名前と役割をもらうと、それになっちゃうのね。
あんまり言葉を知らないけど、その逆が「性格俳優」みたいな言葉なのかね? どんな役をやっても、俳優本人の顔の方が出ちゃうタイプ。キムタクは、性格俳優か?てへ。
(性格俳優って言葉は、2通りの解釈があるようだね。)


「憑依型芸人」。
おいらってそういうタイプの人間なんだろうな、とその言葉を知った時に思ったんだな。よくおいらの「一面」のみを知っている人が別の場面のおいらに出会うとびっくりされるんだ。
ヴィジュアル、もそうかも知れないが、仕事してる時とそれ以外もキャラ違うよな。飲み屋で知り合ったうだうだした関係の人と、ちょっとビジネスの話になったら「言ってることが見た目と違うじゃん」みたいなことを言われたことがある。

鮫男はギターをホイッと渡されてボロンと鳴らしてもカッコいいんだけど、ややさんは鼻歌歌っててもなんもカッコよく無いんだってさ。ステージに昇るとかわるんだってさ。

「役」をもらえれば、巧く演じます。
「役」が無いと、ただのグニュグニュなんですわ。

ペルソナってやつですかね。
グニュグニュと、役作りしている時がマッタク違います。グニュグニュのまま受入れてくれる人がいて欲しいもんだがね。


てな訳で、次回は帰属について。書くかどうかは分からない。
 

2011年11月25日金曜日

ますく。

マスクの季節ですねぇ。
マスク、しますか?わたしはしません。マスクせにゃならんような状況にならないんですけどね。なんとかは風邪ひかないとかいいますね。体丈夫なんですよ。見掛けによらず。

だいたいこれくらいの歳になるとみんな持病のひとつとか、入院とか、手術とか、嫌な話ですが亡くなる方とかいらしたりしてね。
あたしゃ、なにひとつ悪くありません。悪いのは頭と心だけです。

さてと。
この季節になるとマスクする人が多い。電車の座席にずらっとマスク顔が並んだりしてね。あれ、怖くないですか?
人って、顔色とか目の動きで相手を読むものだと思うのですよ。逆にそれが出来ないタイプの人間って、困ったもんだ、空気読めよ、ってなもんで。

もちろんゴホゴホクションクション、マスクしてくれよって人も居るこた居るんですが。そういう人はしてもらって。それ以外の話。

やっぱりマスクしてる人って読めないのね。なに考えてんだか。なに感じてんだか。
これはある意味、コミュニケイションの拒絶ですよ。小心者がサングラスを手放せないのと似たようなものかと思います。
とか思っていたら、先日明石家さんまのテレビ番組で

「最近マスクをするママが増えている。苦手なママ友に気付かれない/気付かないフリが出来るから。」
「でもその子供はママの表情が読めないから心理発達上よろしくない傾向が現れる」

とかやっていてね。当り前だのクラッカー、とか思ったよ。
昔赤ん坊の泣き声がうるさいから常にウォークマン聴きながら育児しているママがいて、その子供が「声かけ」されないので言語能力が劣った、というような話を聞いたことがあったが。同じことね。

マスクマンが多くなるとね、なんだか怖いなーと感じるのです。
もし必然が無くしている人がいるのなら、そう、サングラスみたいなものなのかなと勘ぐったり。

マスクすることで、強くなれるんですか?

とか考えるわたしは変でしょうか。変? あ、そう。


さて次回は仮面について書こうかな。そう言って書くためしは無い。

2011年11月24日木曜日

PUFFY 15年。

Puffy の「グータッチ会」に行ってきました。グータッチ。拳と拳を突き出して、甲、というか指の背というか、をポンと合わせる会ね。たぶん原辰徳氏が選手とやっているので真似たらしい。
ポンポン進むし、握手会よりは低リスクなのだろうな。
屋外イベントだから写真撮れるかと思ったら禁止だった。残念。そんなもんかね。

箱形のブースでやっていて、上手から入って下手に抜ける。亜美ちゃん上手、由美ちゃん下手だから、由美ちゃんは並びながらよく見えたのだけれど、亜美ちゃんは上だから箱の陰で途中ではよく見えなかったとです。
由美ちゃんとは並びながらチラチラ目が合った、気がする。どうなんだろうね?
(こんな時のためにちょっと目立つ感じにしておくのだ。)

ようやく亜美ちゃんとご対面、「小っせー」と一瞬。
「あざーっす!」
みたいに言われておしまい。
由美ちゃんはほんの少し間がとれた、気がした。

どっちにしても一瞬ね。
彼女らもデビュー15年だもんな。お互い長いな。おいらも前の会社15年で飛び出したもんな。よくやるよ。

Puffy のファンやってる人ってのは、なんだか
「普通である自分に肯定的なちょっとおされさん」
って感じ。どうなんでしょうね?

普通である自分と対峙するってのが、なかなか大変なキャラクターの人も多くいるよね。


さて、次回は「マスク」について書くぞ。
と言って次回それを書くことって少ないんだけどね。覚えてたら、マスク。

2011年10月29日土曜日

ナン・センス。

うちの猫、4歳だけど多分人間の子供2歳くらいの知能はあるな。でも大体そんなもんだろう。惜しむらくは連中には言語を話すように器官が発達していない。もし発声器官に柔軟性があれば、何かの弾みで言語を解することがあったかも知れないな。

妄想ですがね。

何回か紹介したので「またか」と思われる方もいるかも知れませんが、預言者ピッピという漫画の2巻が出たんですね。多分それに影響されたのか、思念というエネルギーについてボケッと考えている。

人類はいずれ肉体を必要としなくなる日が来るのでは。という話。
有効期限の決まった有機的な肉体を離れて、「魂」と呼ばれるエナジーだけで存在出来るのではないか、ということなんだが。
なんだかそれも非現実的では無いような気がする。


ビルの高層階から、東京の電車網を眺める。線路を走る電車はクネクネと地下トンネルを這い回るミミズのように思える。人間は、その腸内細菌か。
(これもよく言うのだが)湾岸地域の高層マンション群は、砂漠の蟻塚のように見えるのだよね。人類は、蟻。

有機体だろうが無機質だろうが、なんだかすべては大きな集合体で、階層構造になっている。何層にも同様の世界が広がる。空に浮かぶ星もひとつの単 位であって、それらが形成する世界の上にはもうひとつ上の階層がある。どれもグルグル動いて入るが、それ自体は大した意味を持たないのだよね。
人類は、何番目の階層で暮らすのだろうね?

結局のところ、僕はナンセンスと思いつつも無神論者では無い。
結構簡単に魂の保存が出来るのではないか。なんてボケッと考えたりもするよ。
 

2011年10月22日土曜日

しょうねん#8。

■
朝の通勤ラッシュ、アルコール浸しの脳味噌を頭蓋骨で護り、ボテボテと歩く。
JRから地下鉄への連絡通路。酔い覚ましのドリンクをポケットに入れて、地下鉄に乗る前に飲むんだ。永遠の不良中年は大きな人の流れを横切る。

子供の悲鳴が聞こえる。男児。色のついた帽子をかぶった幼児が泣き叫ぶ。それを追い抜く。
前方を見ると同じ帽子の5、6人、多分集団登園ってやつだろうか。保母に手をつながれたような幼児達が後ろをみて立ち止まる。

僕のほんの少し後ろ手、その叫びの主は、40後半だろうか。仕立の良いスーツだ。知的で穏やかで、体型の崩れぬ所謂「よく出来た」男に手首を強く握られ、泣き叫んでいるのだ。

「パパが手を持って痛い。もう嫌だ」
幼児が泣き叫ぶ。父親は

「だって走ったら迷っちゃうだろう。パパが持って無いとどっかいっちゃうだろう?」

「もうパパとは絶対いきたく無い」

困惑した父親が、困った顔で幼児をなだめる。多くを手に入れた、人生後半の男が、己の子供の手綱も取れずいるのだな。
パパとは絶対いきたく無い、のか。

じゃあいかなきゃいいんだ。今日のこの言葉を一生忘れないでおくがいい。


■
夕方、小学生がバス停に。塾帰りだろうか。
少年同士の会話。

「そんなに何度もいったら、疲れちゃうよ。」

若いくせに、そんなことだけは知ってるんだな。
 

2011年10月21日金曜日

FB。

先日、仕事中プライヴェイトのメイル・アドレスに

「見ましたか?あなたのことを凄く悪くいっているブログがあるんです。これですよ。」

というメールが届く。何となく心当たりがあるので脂汗が吹き出る。
しかし差出人は、関係があると言えばあるが無いと言えば無いような人物。わたしにそんなおせっかいをするような関係の人でも無く。しかも英文だったので、ああ、これスパムなのだな。と気付いた。
まぁ普段から悪く言われるようなことばかりしてるからいけないんだな、と思ったものの、直接わたしを悪く言うような深い付合いの人なんて実は居ないな。と改めて考えるとね。
逆に言えば、悪口を書かれる程に影響力も無いのだよ。と思ったり。


Facebook のアカウント持ってるんだが、使って無い。いや使ってんだけどゲーム専用。
昔から「匿名」でないとネット上では活動しない。以前なら地理条件と容姿の特徴を言えば個人が特定される恐れもあったが、今の容姿なら「色男」という以外に特徴は無いのでまず特定されるこた無いだろう。

でも Facebookって「友達の友達」ってつながりで古い知人の近況を勝手に覗けたりして面白いね。
さっき10数年前にパキスタン人と駆け落ち同然に消えた可愛い同級生の女の子のアカウントを見つけた。彼女、一個歳下なんだが、歳を重ねて更に奇麗だった。どっか英語圏の外国に住んでいるようだった。沢山の異国人の顔をした子供に囲まれていたが、自身の子供なのだろうか。

「女の子ばっかりでこないだお泊まり会やってね。誰か男の子とつき合うなら誰がいいかとかいってたんだけどさ。あたしだったらやや君だな。」

と20年も前、当時イカした彼氏のいたその娘は言ったもんだった。
そう、実は安全が保障された女の人にはモテるのよ。わたしね。


んで、Facebook でさっき誰だか「一人だけ共通の知人がいる」という男性のアイコンをクリックしていたら誤って「友達承認」のリクエストを送ってしまったのだが。これってどうやったら取り消せるんだろう?

その人誰? そして誰の知人?

分からない。どこかのややさんという色男から変なリクエストが来て困惑していることだろうよ。女の人じゃ無くてまだ良かった。ナンパなんかと勘違いされたら最悪だ。ん?ナンパと勘違い?

色男。逆から読めば、男色。