2010年10月6日水曜日

モノクローム。

free as a bird がリリースされたのは1995年の暮れのことだった。24歳だった。生まれて初めてきいた the beatles の「新曲」だった。

単調でゆったりとした8ビートの上に、膜がかかったようなジョンの声がきこえる。鼓膜をザラついたスライド・ギターが掻きむしる。眼前の光景の輪郭は、線がぼやけはじめ、色彩は失われていった。
「モノクロのサイケデリックだな。」
そう思った。

その年の夏デスクに座って新聞を読んでいたら、ジェリー・ガルシアの訃報がほんの小さく、隅っこに載っていた。グレイトフル・デッドのリーダー。思わず声を出したところ、女は
「デッドなんて知ってるの?」
と呟いた。女からすると、お堅い「サラリーマン」はデッドなんて聞くもんでは無いと思っていたらしい。
女はビートルズでは sun king が好きだと言った。ずいぶんと不思議な選択だと思った。

季節はかわり暮れになり、リリースされた free as a bird のシングル盤CDを
「クリスマス・プレゼントだよ。」
と言って女に渡す。もう山頂で雪崩は始まっていたので、落ちる以外に選択肢は無かったのだ。

その頃、俺は音程をとりながらロング・トーンで叫び、ディレイで声を反復することに成功していた。なかなかいい感じだと思った。バックではアコースティック・ギターとコンガが鳴っていた。ギターはバート・ヤンシュ風だ。
まだしばらく「未来」はありそうだ。時間は多くは残されて無いが、悲観的になる必要も無い。それまでに、も少しですべてが手に入るのではないか?と思った。


年月を経て、予定していた未来なんてものは、もうとっくに消化しちまった。
今まわりを見渡すとなにも無く、それは殺風景で、しかし free as a bird だけはまだそのまま残っている。プレイヤーにかけると、いつでもその頃と同じように「モノクロのサイケデリック」な光景が眼前に広がる。

居残るものと、過ぎ去るものがある。free as a bird は残った。それはよいことだ。そう思った。
 

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