2011年12月24日土曜日

今晩セックスしよう。

ややさん40歳独身、身も懐も寒い今日この頃ですが如何お過ごしでしょうか?
珍しく仕事が忙しく、それでいて集いが多く、まぁ忙しい時は忙しいものね、と思いつつ。21日、22日、23日と続けて宴でしたわ。明日は朝から会社でレポート書こう。

22日は学校時代の連中との飲み会だったのですが。
「○○ちゃんを囲んではしゃぐ会」という長年消息不明だった○○ちゃんを囲んではしゃぐ予定にも関わらず○○ちゃん「帰国せず」という素敵なアクシデントもありーの。
(○○ちゃんについては個人情報の許す限りいつか書こうと思うが、そこそこ波瀾万丈なのね。)
でも20年前にディープな関係で暮らしていた46-38歳の年齢幅のおっさんおばさんの集いはとてもとても楽しかったよ。
僕はね。

僕はね。というのもだな。おいらやらかしてだな。
最後の夜中3時まで残った同期(ひとつ歳下だが)の女の子に延々と
「今晩セックスしよう。」
と言い続けるという変態的失態をしたのだよ。しかもその女の子にまったく興味無いし(好みじゃ無いのね)。
ひとに迷惑かけないと楽しめないというのも困ったものだ。怒ってないといいんだけど。きっとあと10年は会ってくれないね。

「今晩セックスしよう。」
には酔っぱらい理論が働いて、「酔っぱらい脳」的には筋が通っている話なんだがね。

ここに40前後の男と女が居る。お互い一人もんで、お互いに魅力は感じていないが、見た目も普通(女の子の方はちょっと世間的には可愛いかも よ)、経済状況も普通、性格も破綻していない(男の方は少しだけオカシイが)、それほど欠けたるものが見当たらないにも関わらず嫁にも婿にも引き取っても らえない。
これは我々二人がお互いを知ることで、互いの良いところ、良く無いところを知るべきだ。だから今晩セックスするべきなのだ。

という理論だったのだが、まぁ素敵だね。
セックスするにも理論武装(酔って破綻しているが)を必要とする面倒臭い男、ややさん40歳、独身です。


そもそも何故セックスになったかと言うとだな。
40歳前後の集いでさ。結婚しているひとは「子作り」もタイムリミット近くで頑張っている、と。
そうすると、セックスが義務になってくるんだって。
「今晩から3日間が勝負なので頑張って。」
とか言うとさ。文字通り「頑張って」セックスしなきゃいけないそうだ。

なんだかもう「種付け」だよね。結婚未経験のおいらにはなんだか想像も出来ないよ。
既婚者には、当り前の話かね、これは。

もっと子作りとかセックスって、ロマンチックなものじゃ無いの?
そうあるべきだよ!

という万年廚ニ病のおじさんの頭の中は童貞キングのようにセックスのことばかりなんだな。

さて、なんだか15年振りぐらいに女の子口説くモードに突入したっぽいので、女の子口説き回ろう。しかし15年振りってな。フンガフッフ。

2011年12月3日土曜日

仮面。


「兎に角カッコいいんです。朝起きた瞬間からカッコいいんです!」
某芸人と公然の仲の女子アナの弁。オノロケもいいとこだよな。

朝起きる。鏡を見る。カンニング竹山みたいなおっさんが無気力で映っている。髭そってる日は山崎邦正みたいな日もあるね。んで、鏡見ながらグニュグニュやって顔を作る訳だ。おいら、朝起きてから家を出るまでに2時間を要する。


大手企業の営業マンに同行して仕事行くことがよくあった。法人営業ね。
客前だと、満面の笑みで、へこへこしてるんだ。みんな。
でも、客がいなくなると「ヘッ」って感じの顔になって、客の悪口言ったりね。みんなそんなもんだよね。場面にあわせて、顔って作る。


ウッチャンナンチャンの内村氏って、プライベイトだとオーラ0なんだってね。冴えなくて、街に紛れると気付かれないそうだ。
彼についての分析のようなものを読んでいて、あ、これだ、と思える言葉を見つけた。
「憑依型芸人」
つまりはコントなどで役に入り込むと役がのりうつる。「なんとか」って名前と役割をもらうと、それになっちゃうのね。
あんまり言葉を知らないけど、その逆が「性格俳優」みたいな言葉なのかね? どんな役をやっても、俳優本人の顔の方が出ちゃうタイプ。キムタクは、性格俳優か?てへ。
(性格俳優って言葉は、2通りの解釈があるようだね。)


「憑依型芸人」。
おいらってそういうタイプの人間なんだろうな、とその言葉を知った時に思ったんだな。よくおいらの「一面」のみを知っている人が別の場面のおいらに出会うとびっくりされるんだ。
ヴィジュアル、もそうかも知れないが、仕事してる時とそれ以外もキャラ違うよな。飲み屋で知り合ったうだうだした関係の人と、ちょっとビジネスの話になったら「言ってることが見た目と違うじゃん」みたいなことを言われたことがある。

鮫男はギターをホイッと渡されてボロンと鳴らしてもカッコいいんだけど、ややさんは鼻歌歌っててもなんもカッコよく無いんだってさ。ステージに昇るとかわるんだってさ。

「役」をもらえれば、巧く演じます。
「役」が無いと、ただのグニュグニュなんですわ。

ペルソナってやつですかね。
グニュグニュと、役作りしている時がマッタク違います。グニュグニュのまま受入れてくれる人がいて欲しいもんだがね。


てな訳で、次回は帰属について。書くかどうかは分からない。
 

2011年11月25日金曜日

ますく。

マスクの季節ですねぇ。
マスク、しますか?わたしはしません。マスクせにゃならんような状況にならないんですけどね。なんとかは風邪ひかないとかいいますね。体丈夫なんですよ。見掛けによらず。

だいたいこれくらいの歳になるとみんな持病のひとつとか、入院とか、手術とか、嫌な話ですが亡くなる方とかいらしたりしてね。
あたしゃ、なにひとつ悪くありません。悪いのは頭と心だけです。

さてと。
この季節になるとマスクする人が多い。電車の座席にずらっとマスク顔が並んだりしてね。あれ、怖くないですか?
人って、顔色とか目の動きで相手を読むものだと思うのですよ。逆にそれが出来ないタイプの人間って、困ったもんだ、空気読めよ、ってなもんで。

もちろんゴホゴホクションクション、マスクしてくれよって人も居るこた居るんですが。そういう人はしてもらって。それ以外の話。

やっぱりマスクしてる人って読めないのね。なに考えてんだか。なに感じてんだか。
これはある意味、コミュニケイションの拒絶ですよ。小心者がサングラスを手放せないのと似たようなものかと思います。
とか思っていたら、先日明石家さんまのテレビ番組で

「最近マスクをするママが増えている。苦手なママ友に気付かれない/気付かないフリが出来るから。」
「でもその子供はママの表情が読めないから心理発達上よろしくない傾向が現れる」

とかやっていてね。当り前だのクラッカー、とか思ったよ。
昔赤ん坊の泣き声がうるさいから常にウォークマン聴きながら育児しているママがいて、その子供が「声かけ」されないので言語能力が劣った、というような話を聞いたことがあったが。同じことね。

マスクマンが多くなるとね、なんだか怖いなーと感じるのです。
もし必然が無くしている人がいるのなら、そう、サングラスみたいなものなのかなと勘ぐったり。

マスクすることで、強くなれるんですか?

とか考えるわたしは変でしょうか。変? あ、そう。


さて次回は仮面について書こうかな。そう言って書くためしは無い。

2011年11月24日木曜日

PUFFY 15年。

Puffy の「グータッチ会」に行ってきました。グータッチ。拳と拳を突き出して、甲、というか指の背というか、をポンと合わせる会ね。たぶん原辰徳氏が選手とやっているので真似たらしい。
ポンポン進むし、握手会よりは低リスクなのだろうな。
屋外イベントだから写真撮れるかと思ったら禁止だった。残念。そんなもんかね。

箱形のブースでやっていて、上手から入って下手に抜ける。亜美ちゃん上手、由美ちゃん下手だから、由美ちゃんは並びながらよく見えたのだけれど、亜美ちゃんは上だから箱の陰で途中ではよく見えなかったとです。
由美ちゃんとは並びながらチラチラ目が合った、気がする。どうなんだろうね?
(こんな時のためにちょっと目立つ感じにしておくのだ。)

ようやく亜美ちゃんとご対面、「小っせー」と一瞬。
「あざーっす!」
みたいに言われておしまい。
由美ちゃんはほんの少し間がとれた、気がした。

どっちにしても一瞬ね。
彼女らもデビュー15年だもんな。お互い長いな。おいらも前の会社15年で飛び出したもんな。よくやるよ。

Puffy のファンやってる人ってのは、なんだか
「普通である自分に肯定的なちょっとおされさん」
って感じ。どうなんでしょうね?

普通である自分と対峙するってのが、なかなか大変なキャラクターの人も多くいるよね。


さて、次回は「マスク」について書くぞ。
と言って次回それを書くことって少ないんだけどね。覚えてたら、マスク。

2011年10月29日土曜日

ナン・センス。

うちの猫、4歳だけど多分人間の子供2歳くらいの知能はあるな。でも大体そんなもんだろう。惜しむらくは連中には言語を話すように器官が発達していない。もし発声器官に柔軟性があれば、何かの弾みで言語を解することがあったかも知れないな。

妄想ですがね。

何回か紹介したので「またか」と思われる方もいるかも知れませんが、預言者ピッピという漫画の2巻が出たんですね。多分それに影響されたのか、思念というエネルギーについてボケッと考えている。

人類はいずれ肉体を必要としなくなる日が来るのでは。という話。
有効期限の決まった有機的な肉体を離れて、「魂」と呼ばれるエナジーだけで存在出来るのではないか、ということなんだが。
なんだかそれも非現実的では無いような気がする。


ビルの高層階から、東京の電車網を眺める。線路を走る電車はクネクネと地下トンネルを這い回るミミズのように思える。人間は、その腸内細菌か。
(これもよく言うのだが)湾岸地域の高層マンション群は、砂漠の蟻塚のように見えるのだよね。人類は、蟻。

有機体だろうが無機質だろうが、なんだかすべては大きな集合体で、階層構造になっている。何層にも同様の世界が広がる。空に浮かぶ星もひとつの単 位であって、それらが形成する世界の上にはもうひとつ上の階層がある。どれもグルグル動いて入るが、それ自体は大した意味を持たないのだよね。
人類は、何番目の階層で暮らすのだろうね?

結局のところ、僕はナンセンスと思いつつも無神論者では無い。
結構簡単に魂の保存が出来るのではないか。なんてボケッと考えたりもするよ。
 

2011年10月22日土曜日

しょうねん#8。


朝の通勤ラッシュ、アルコール浸しの脳味噌を頭蓋骨で護り、ボテボテと歩く。
JRから地下鉄への連絡通路。酔い覚ましのドリンクをポケットに入れて、地下鉄に乗る前に飲むんだ。永遠の不良中年は大きな人の流れを横切る。

子供の悲鳴が聞こえる。男児。色のついた帽子をかぶった幼児が泣き叫ぶ。それを追い抜く。
前方を見ると同じ帽子の5、6人、多分集団登園ってやつだろうか。保母に手をつながれたような幼児達が後ろをみて立ち止まる。

僕のほんの少し後ろ手、その叫びの主は、40後半だろうか。仕立の良いスーツだ。知的で穏やかで、体型の崩れぬ所謂「よく出来た」男に手首を強く握られ、泣き叫んでいるのだ。

「パパが手を持って痛い。もう嫌だ」
幼児が泣き叫ぶ。父親は

「だって走ったら迷っちゃうだろう。パパが持って無いとどっかいっちゃうだろう?」

「もうパパとは絶対いきたく無い」

困惑した父親が、困った顔で幼児をなだめる。多くを手に入れた、人生後半の男が、己の子供の手綱も取れずいるのだな。
パパとは絶対いきたく無い、のか。

じゃあいかなきゃいいんだ。今日のこの言葉を一生忘れないでおくがいい。



夕方、小学生がバス停に。塾帰りだろうか。
少年同士の会話。

「そんなに何度もいったら、疲れちゃうよ。」

若いくせに、そんなことだけは知ってるんだな。
 

2011年10月21日金曜日

FB。

先日、仕事中プライヴェイトのメイル・アドレスに

「見ましたか?あなたのことを凄く悪くいっているブログがあるんです。これですよ。」

というメールが届く。何となく心当たりがあるので脂汗が吹き出る。
しかし差出人は、関係があると言えばあるが無いと言えば無いような人物。わたしにそんなおせっかいをするような関係の人でも無く。しかも英文だったので、ああ、これスパムなのだな。と気付いた。
まぁ普段から悪く言われるようなことばかりしてるからいけないんだな、と思ったものの、直接わたしを悪く言うような深い付合いの人なんて実は居ないな。と改めて考えるとね。
逆に言えば、悪口を書かれる程に影響力も無いのだよ。と思ったり。


Facebook のアカウント持ってるんだが、使って無い。いや使ってんだけどゲーム専用。
昔から「匿名」でないとネット上では活動しない。以前なら地理条件と容姿の特徴を言えば個人が特定される恐れもあったが、今の容姿なら「色男」という以外に特徴は無いのでまず特定されるこた無いだろう。

でも Facebookって「友達の友達」ってつながりで古い知人の近況を勝手に覗けたりして面白いね。
さっき10数年前にパキスタン人と駆け落ち同然に消えた可愛い同級生の女の子のアカウントを見つけた。彼女、一個歳下なんだが、歳を重ねて更に奇麗だった。どっか英語圏の外国に住んでいるようだった。沢山の異国人の顔をした子供に囲まれていたが、自身の子供なのだろうか。

「女の子ばっかりでこないだお泊まり会やってね。誰か男の子とつき合うなら誰がいいかとかいってたんだけどさ。あたしだったらやや君だな。」

と20年も前、当時イカした彼氏のいたその娘は言ったもんだった。
そう、実は安全が保障された女の人にはモテるのよ。わたしね。


んで、Facebook でさっき誰だか「一人だけ共通の知人がいる」という男性のアイコンをクリックしていたら誤って「友達承認」のリクエストを送ってしまったのだが。これってどうやったら取り消せるんだろう?

その人誰? そして誰の知人?

分からない。どこかのややさんという色男から変なリクエストが来て困惑していることだろうよ。女の人じゃ無くてまだ良かった。ナンパなんかと勘違いされたら最悪だ。ん?ナンパと勘違い?

色男。逆から読めば、男色。
 

2011年10月14日金曜日

朝7時のひとりごと。

 
つまらん。

いやのっけからすみません。別にそんな本気でも無いのですがね。なにか面白いことないかなーと思った次第ですわ。

感情が日常化しやすい質なのでしょうかね。なんか刺激があってもすぐにフツーに思える。


日御碕。10月10日。陽の沈む宮。
カップルが多かったですね。羨ましいもんだぜ。同じ町内で同日駅伝やってましたわ。

別に自分がなんでも知っている、という偉そうなつもりは毛頭ないですけど、それでも中学時代と比べりゃなにを得ても新鮮味ってのは無くなってますわね。
中学の時なんて、小遣いでLPだのCDだの買ったら、滅多に買えないからさ、ずっと聴いてたもんな。
今うちのCDラックなんて何年聴いてないんだよ?はザラにあるしな。下手すりゃ20年近くCDトレイに乗ってないのがあるもんな。
中学の頃なんてエロ妄想でいくらでも時間が潰せたもんだぜ。
童貞バンザイ。 


月がデブだったんで、ヨロヨロと泳がしてみる。10月12日。

カメラなんて子供の頃持って無かったもんな。しかも撮ったもんを家で見られるなんてね。デジタル・カメラだよ。
富士フイルムは巧く単なるフィルム・メーカーからの脱却に成功している。この辺、巧いんだろうな。僕が社長だったら、「カメラと心中するよ。」と言って、自覚的に会社を潰すことだろう。
無自覚に写真を選んだんだが、太陽と月、だな。ほう。


ん? つまりは童貞というのは新たな刺激に対する妄想の期間か。
人生で一番楽しい時期は、童貞の頃なのかも知れんな。

おー自分でも予期せぬ結末。
おバカにつき合ってくれてありがとう。
 

2011年10月13日木曜日

びーとかりきゅらーてぃっく。

※ 結構かったるい独り言ずら。


相当に損得勘定に敏感な人間であると思う。自分のことね。
これ、自分についていえば「ああそうね。」で済むが、他人について言ったらヤな台詞だね。

「彼は打算的だ。」

褒め言葉じゃ無いよな。

あまりネット上で政治や宗教のことを突っ込んで言わないのもわたくしが打算的な人間だからだ。わたくしが本音を言ったら、地球上の1/3くらいは敵にまわすわ。
でも、みんなそんなもんだよな。みんな「今これ言っちゃマズい」と思って黙ってニコニコ暮らしてんのよ。

考えてみるとあまり本音を言わずに過ごしてるね。前の会社でも今の会社でもわたくしが何を考えているかなんて言わないしさ。街歩いてて奇麗なネエさん見かける度に「ファックしたい。」とか言ってたら変態だよ。
なんかそんなギャグ映画が無かったっけ?アメリカ映画かなんかで。全部本音言っちゃう奴。

基本的に、こういった形で文章を書く時ってのは、直接的なインプットをそのままの形で書き記すことは無い。大体、なんか表現上だったり冗句として出来のいいように書き換えてんのな。
一年くらい前か。自転車でいろいろ走り回って楽しかったのだが、ここに書いた時、流れ的にこれは面白く無いように言った方がよいと思ったので、ツマラナカッタような結びにしたことがある。まあ、そんなもんだよ。

去年の3月に前の職場を飛び出して、10ヶ月程プーやって引き蘢っていた。そんで今の会社に拾われて、しばらく暮らしている。今の会社の方が前の 会社よりも自分の時間が持てるのね。これは良いことね。前の職場並にまわりにチヤホヤされるしさ。ありがたいことだ。でも本当のこた誰にも言ってないね。
また核心から逸らし始めたな。

つまりは打算的だということだ。民主主義だ。労働者よ団結せよ、だ。
もう少し、誠実であればよかった。
若い頃は、もっと誠実だった。
しかし誠実であると言うのは、疲れるのだよ。
歳をとって、疲れないように生きる術を体得してしまったのだな。

僕はもう嘘で塗り固めて無難に生きるしか無いのだろうよ。
しかし僕が無難な人間であることの恩恵を受ける人間もいることだしな。
でもあまり直接的に人を幸せには出来ないのだろうな。

などと思ったことだよ。

抽象的過ぎるか? まぁそんなもんだ。
 

2011年10月12日水曜日

明島。

※ オチは無い。ただの日記。


旅に行きました。傷心旅行です。
先日、営業の女の子と客先に行った帰りに溜息をついたら、
「疲れてんですか?」
と聞かれたんで
「いや女の子にフラレタんだよ。」
と言ったら吃驚された。
「えー好きな人とかいるんですか??」

どうも前の職場も今の職場も若い連中はおいらが仕事のことしか考えて無い人だと思っている節がある。まぁ仕事して酒飲んでる印象だけしか無いかもな。
「あの人は仕事の鬼だ。」
と言って辞めてった若い奴がいた。ただの髪の長いあんちゃんに酷い言い様だ。

それはさておき、実際のところ5年毎の出雲詣でだよ。25、30、35、そして今年で40になるので誕生日の朝は出雲大社を参拝と決めているのだ。

流石に4回目ともなると変化が付け難い。今回は須佐神社を加える。日本有数のパワースポットだってさ。するとだな。

・出雲市駅→(バス)→須佐神社
・出雲市駅→(電車)→出雲大社→(バス)→日御碕神社

という行程でいい訳よ。ん?松江が入っていないよ。

前回5年前に松江に行った時に、非常によろしい飲み屋を見つけたので、そこへ寄らんというのは如何なものか。人生飲み屋を基点に考えるやや様は思ったことだよ。

「松江に一泊だ。」

という訳で、飲み屋一件のために一泊追加。

松江 明島

7時ころ、松江のホテルにチェックイン!
周辺の飲み屋地図をもらったが、前回の記憶の場所に「明島」の名が無い。ホテルと関係でもこじれたのかね。まぁいいや。5年前の記憶を元に、店を探す。

川沿いだ。宍道湖に注ぐ。

前回、しこたま飲んで隣の「安来節の師匠さん」に気に入られ、もう一軒誘われたので胃の中の酒を一旦川にリヴァースした記憶がある。
川沿いを歩けば、なんとかなるさ。

。。。 川沿いを歩く。住所は控えて来た。しかし島根の夜道は暗い。その上、軒に住所番地を書いてないのな。川沿い歩いても番地も分からんし記憶 の場所がよく分からん。川沿いを往復する。祭の囃子の練習の太鼓と笛の音が響く。太鼓は水平に置いた大太鼓で、数人で囲んで叩く。皮の張りが緩く、ブ ヨォーンとした轟音が響く。そして、明島は、無い。

松江の南口のあたりを徘徊する。記憶の場所が無い。潰れたか?でも家でネットで検索したら出て来たぞ。潰れたんならネット情報も削除してくんないかな。困ったもんだ。おいらの松江一泊は?来ても意味無いじゃん。ここで、なにしろっての?

途方に暮れる。
しかし、だな。携帯電話ビギナーのやや様は、ようやく携帯電話というものがインターネット検索できるということに気付いたのだよ。
調べてみよう。

松江 明島。

出てくる。地図がある。地図。あれ?川沿いじゃ無いぞ?なんだか記憶と違う場所に店があった。引っ越したのか? 川沿いから少し駅寄りの通りを彷徨う。店の作りは記憶と違うが、明かに同じ名前の看板を見つける。
なんだよ、大将、儲けたのか?記憶の店とは違う、随分と明るく眩しい店になっていた。入口を目指す。店先にメニュー表。その上に、札。

本日は終了しました。

なんだ?まだ8時前だぞ?
しばらく店前で待つ。客を送り出す女将が出て来たので、終わったのか尋ねる。こっちは1人だ。

「ちょっと確認して来ます。。。。。」
「生ものが終わってるんですが、それで良ければ。」

どうやら魚が終わったらしい。なんだ?
店に入ると、5年前にいた板さん親子の顔。しかしカウンターの魚は、確かにほとんど無いね。昨日込み過ぎて魚が切れたらしい。

「魚屋が魚無いんじゃ、商売になりませんわ。」

コップ酒を頼む。両隣、女の子達で、両方とも県外からの客のようだ。女の子相手の隙をくぐって大将に一言。

「越しましたね?」
「いや4年になりますかね。」
「5年前に来たんですよ。」

5年毎に島根に来ていること、前回ふらっと寄ったことを伝える。

「流石に5年前のことは覚えて無いですよ、お客さん。」
「そりゃもちろんね。」

5年前のことを覚えて来た客と言うことで、ほとんど無い魚でいろいろサービスしてもらいはしたが、明島の本気は堪能出来ず。
また東京から5年後に来ることを約束。

コップ酒5杯までは記憶にあるのだが、酔ってなんだか分かりゃしないね。
また松江に来なくてはならなくなりましたよ。
松江に寄った際は、どうぞ、東京から5年毎に来る男からの紹介で。

松江 明島
http://r.tabelog.com/shimane/A3201/A320101/32002424/

2011年9月12日月曜日

言えないよ。

とてもよい土日だった。

土曜日にあったことは、今は言えない。人生の歯車がひと噛み分進んだ気がした。

日曜日、映画を観に行った。 「監督失格」。
ドキュメンタリーだ。

男と女と、女の母親が出てくる。

男が監督。男はクズだね。人としてね。女はダメだね。
でも男、執念で記録しようとしていて、凄い。
映画のクライマックスの映像は、意図して撮ったものでは無さそうだ。偶然記録に残ったもののようだ。でもこんな映像が残るなんて、奇跡だな。

僕はこの映画が「どんな種類の人間が出て来て」「なにが記録されているのか」を知って観てたので、なにが起るのかを予見出来たのだけれど、何も知らない人がこれを観たらどう思うんだろうな。
そういう疑問が残る。

クズ男とダメ女が出て来て、女の母親がいいんだよ。
この人(母親)、この映画に関わらずちょっとだけ知られた人でね。
全部知っていて観たからなぁ。知らない方が面白かっただろうなぁ。

ダメな人だ、と思いながら、泣けた。
他人に涙出来るというのが新鮮だったよ。自分に対する感想。
ここに記録されていることは、作りものじゃ無くて総てリアルだ。
それが凄い。
普段ドキュメンタリーなんて「あっそうですか」くらいの感想しか持たないのにな。

まだ人に観て欲しいので、ネタバレは書かない。
東京は、九月前半は六本木ヒルズで上映しているようです。

人間ってクズで無様で愛おしい。そう思える。久々に涙腺が使えて良かった。
映画「監督失格」。


酷い感想文だなw

2011年9月9日金曜日

空中モール。

まず書き始める前に言っておく。
オチは無い。
そして長い。


そこそこ有名な心理学科出てるんですよ。今は心理学部になっているらしい。
そしてこれ、謙遜なんてマッタク含まないで、成績悪かったです。
これが出席も何もしないで遊び呆けて成績が悪いならいいんですが、よく無いか、きっちり学校に行って授業を受けていて成績が悪かった。

まぁここについて今日言及する巻では無い。

心理学ってのも一般に誤解されやすいもんで(占いと同じだと思われたりしてね)、学問だよれっきとした。データと統計だよ。事象の客観視だよ。

そこそこ有名なやつで、夢解きってのがあるんだな。ユングか?フロイトか?
これも夢占いとかと勘違いされやすい。
彼が夢に辿り着いたには訳がある。

人間の言動ってのは、常に意識、意識下問わず嘘なんだ。
例えば、ややクンが夜遅く働いていると。そこへ上司がやって来て
「ややクン、大変だね。疲れてるだろ?」
と聞かれたならば。
「いえいえ、こんなのヘッチャラです。まだまだですよ!」
と威勢良く答えるんだよな。本当はクタクタだけどさ。

・この程度でねを上げたら、使えないヤツだと思われる。
・ここで上司の覚え良くなったら出世しちゃうかも。
・オマエなんかに俺の疲れが分かってたまるや。

とかさ。これが意識されてようが意識されてなかろうが、本音を言ってるってこたレア・ケースなのよ。

話逸れるが、そんなことばかり思っていたら、自分が常に嘘で塗りかためられた虚飾のミノムシのような存在に思えて来たね。
もうご存知とは思うが、おいらがネット上で発している言葉ってのはひとつネット上で演じられているキャラクターの発言であって、これがすべて本音だったら怖いよな。

とか思ってみたり。人間は皆嘘つきだってこと。

んでだ。彼は、人に発言させずに深層心理に辿り着けないか考えた訳だ。
そこで消去法で残った、なんとか使ってみようかと思ったのが「夢」だったってこと。
眠っている間に思ったこと、それはコントロールが効いてない訳だから、本音にちかいのでは?って判断だよ。

でも、夢がそのまま本音な訳無いよね。
じゃあどう解釈すんの?ってことで、思ったのが夢、これに出て来るものは「実際」では無くて他の何かの「象徴(シンボル)」だったと言う訳だ。

つまりストーリーが表しているのが何であるのか、そこに出て来るものがなんであるのか、これらを読み解くことで深層心理に辿り着けるのでは?と考えたね。

だからポッとみた夢じゃ説得力が無い。
毎日記録を取ると、なかには「毎回同じ夢」ってのが出てくる。
頻繁にみている夢ってのは、なにか深層心理に結びつくのではないか?

これが夢解きな訳だよ。


ああ。疲れた。途中だけど止めていい?
やっぱりオチが無い。
 

2011年9月4日日曜日

めりごらうんど。

Watching The Wheels という曲がある。
中学の頃、中古レコード屋でシングル盤を買った。当時の僕は手に取るものすべてが新しく、レコードなんてワクワクしながらずっと聴いてたもんだ。
beatles が好きだったので、beatles と、その関連ソロレコードを少ない小遣いで買っていた。そんな時期だ。

Watching The Wheels は1980年に発表されたジョン・レノンのアルバムに入っている曲で、彼が客死した後にシングル・カットされた。
彼の曲というのは私小説的要素が高い曲が多く、ある程度背景が分からないとなにを歌っているか分からんことがあるかも知れない。
1960年代を beatles という世界最大の出し物の一員で過ごした彼は、1970年のバンドの解散後数枚のレコードを制作する。しかし1975年に二人目の妻との間の子が産まれると、それを契機に音楽業界から引退し、子育てに専念する。

メディアは時々彼の近況を報じるのであったが、あのジョン・レノンがキッチンでパンを焼いて子供と過ごしている、というのが世間には衝撃だったようだ。

あんたは頭が狂っちまったのかい?

Watching The Wheels はそれに対する回答。

「俺はもうメリー・ゴウラウンドには乗らないんだ。もう、あれが廻っているのを眺めるだけでいいんだよ。」


中学の頃の僕には(もちろんこの曲の背景は分かっていたのだが、心情として)ふーん、そんな気分にもなるのかい?と思っていたのだが。
実際にジョン・レノンの歳に近くなって来ると、うん、もう乗らないんだよね。

昨日、以前の職場の後輩というか部下というかな男と飲みに行く。
ここのところ数ヶ月、完全に酒が弱くなった。無理が利かない。
前の職場の話を聞くと、誰某が倒れた、誰某が無理が祟って休職、倒れた人達はまだ1年も帰って来ない。とか。

みんなメリー・ゴウラウンドに乗っているんだな。しがみついて。
なんてぽけっと想う。廻り出したら、降りられないんだよ。
僕も高速でぐるんぐるん廻って楽しいな、と思っていたんだろうな。でもふとそこから降りれば、それはそれで滑稽な光景だ。

滑稽というのは、降りた人間の視点であって、別にそれに乗っている人をバカにしてはいないよ。立派だと思う。
なんだかいくつものメリー・ゴウラウンドが僕の遊園地の中で廻っている。
大概は、ベンチで廻っているのをみるだけだ。

2011年8月26日金曜日

アカベ。

今朝、人間ドックに行った。おかげで昨晩なにもせずぽけっと時間を潰していた。21時までしか飲食をしてはいけないのだ。
何を思ったか、AKB48のプロモをyoutubeで観ていた。
というのも、最近(楽曲的には)

「AKB48の全盛期は『ポニーテールとシュシュ』『ヘビーローテーション』だったんじゃないか?」

と沸々と思っていたから。
やっぱりポニーテールとシュシュはいい曲だ。
ヘビーローテーションは、そのまま歌詞を変えて家電量販店のCMソングに使えそうだ。褒め言葉だが。

ブランド論を考えていた時に、「AKB」ってのは良質の「ブランド」なんだな、と思ったのさ。AKB とブランドについての考察は以前書こうと思ったのだが、途中で挫折した。
「然程かわいく無い娘達が」「AKB のブランドで人気モノになる」という構図。これこそがブランド力って奴なんだよな。
秋元康氏以外のプロデュースによる後追いグループがことごとく成功していない、というのも、当人達の力(それを欠片も認めていない訳じゃ無いよ)の及ばぬ大きな「ブランド力」の成せる業ってやつさ。

ブランドの構築ノウハウなんてものがあれば、そりゃ重宝されるさ。
ここの読者の皆様も、ここに来ればちとどんよりと鉛色の空の下にいる気分になれる、という期待感。これもブランド。威張るな。


人間ドックの話を書こうと思ったが、なんだかもういいや。もし次回覚えていれば。
ポニーテールとシュシュは、結構いい。
 

2011年8月19日金曜日

夏も終わり。

昔、水母の夜という歌を歌った。水母の夜、という言葉以外思い出せることが無い。
多分、水母の夜は誰もわたしを求めない、とかいう歌だったような気がする。15年程前の話だ。

役を貰えると、結構巧く演じるのですよ。役さえ貰えればね。
但し自分で役を考えることはしない。
そして役の無い時は、ゴミ捨て場の傍らの酔っぱらいの嘔吐物みたいな存在だ。なんでもいいから役を下さい。絶対ご満足差し上げますことよ。

大体それなりに生きて来たので、あまり自分が「自身で幸福感を得ることができる」タイプでは無いことはもう分かった。自家発電しないのだよ、ポジティヴな方向へは。
今日、幸せそうな人をボケッと眺めていたのだが、なんとなく幸せな気分になった。あんまりこういうことは無いんだけれどもね。
寄生虫みたいなもんだ。あなたの幸福は、わたしを幸福にします。

猫だけが生き甲斐。とかいうと猫可愛がりしていると思われるかも知れませんが、猫にかける言葉のトップ2は、「どいて。」「だめ!」だ。
酷いもんだ。
 

2011年8月17日水曜日

老衰と毛と知らないこと。


子供が老衰で亡くなって。

いや今一この感覚が分からなかったのだが、とある猫の話。
親猫と、その子供猫の二匹を飼っていたのだそうだ。そうしたら、親はまだ元気なのだけれど、子供が年老いて亡くなったそう。

猫の寿命は13年くらい。そして生後1年くらいで子供が作れる。
だから親が1歳くらいで出来た子供とは、歳をとると年齢差が1歳しかないから肉体的衰えの差なんてほとんど同じなんだってさ。
個体差で、年齢若い方が先にくたばるってことが起るらしい。
子供が老衰で亡くなって。

人間では、仮に寿命を80年、子作りを20歳としようか。親と子の間には20年があるから、親がくたばる80歳に子は60歳。
まだまだ子は元気だね。

そう考えると、猫って不思議。



人間の体に、なぜ毛が生えてないか。
これは調理の時に手間を省くために品種改良されたんだとさ。
たまに、身長18mぐらいの知的生命体が人間を捕食することを想像する。
人間狩りをしては畜養して、適当な頃合いで調理して喰うの。

それとか、巨大な生物が高層ビルにしがみついて、長い粘性の舌を窓ガラス破って突っ込んで、人間をからめとって喰うの。
高層ビルが蟻塚に見えて仕方無いんだよな。アリクイのバケモンみたいな生物に喰われる人間。

それでいいような気がする。



人間ってお互いのことなんにも知らないよねー。
僕のことを知っている人ってどれくらいいるんだろう?なんて思ったりする。

これから知り合う方とは今以降の僕しか知らないんだろうけれど、今の僕は過去の40年間の蓄積によってできてるんだよねー。

なんてことを考えた。僕は親のことすら知らないよ。
 

2011年8月7日日曜日

木更津。

※ 千葉のみなさまごめんなさい。


まず、地方出身上京者にとって千葉は謎だ。都内を走るクルマの袖ヶ浦とか、習志野ナンバーが読めるようになるのに上京何年か。
千葉というのが東京寄り、成田寄り、内房、外房(房総半島の東京湾側か、太平洋に面している方か)みたいなエリアに分かれていること。こんなのが理解出来たのも極最近だ。浦安と浦和って違うのね。

いや千葉の方には悪いが、関東圏以外の人がこれ読んでもなにがなんだか、くらいの認識しかないはず。
おいらが「静岡出身です」というと「サッカーやってたの?(清水じゃねーよ)」「鰻パイ食べるの?(それ浜松だし)」というのと同じだな。

おいらにとっての千葉ってのはパタリロでノース・ダコタ出身のヒューイットを脅す時の
「このアメリカの千葉県民」
という台詞で印象付けられた。
月光仮面が怪人を追ってバイクで千葉に入るのだが、途中で遭難して死ぬんだそうだ。
この件はパタリロの作者に文句言ってくれ。


無職の頃、千葉って行ってみようかと思ったが、東京の隣に行くにも拘らず交通費がバカにならんので諦めていたのだが。
今朝、ふと「木更津に行ってみよう」と思った。
木更津なんて地名、木更津キャッツアイが無ければ知らなかったろうに。別に木更津キャッツアイ、観たこと無いんだけど。(面白そうだね。)

交通費、片道1500円くらいか。時間?おいこんだけありゃ実家に帰れるぜ。まぁいい。スイカとカメラがありゃ他なにも要らないさ。夏の土曜日の午前中。

最寄り駅に着くと「ポケモンラリー」が始まっていた。あんまり子供の楽しみにケチつけたく無いんだけど、ありゃ毎年五月蝿いよ。
飯田橋から総武線に乗り込む。中央線と総武線の違いが最近ようやく分かったおいらは、今日初めて「総」「武」線であることを実体験した。

千葉駅から内房線に乗り換えたのだが、内房線に乗った瞬間から、それまでの「東京の延長」から「ローカル線」に変わる。
ガラガラの車両の中は、横椅子の二人分を使って座る。
途中から乗ってきた完全に柳沢慎吾調の男はデカい声で歌を歌い、口笛を吹き、携帯電話で話をし、二つ折り携帯電話を開け閉めする時にパチコンパチコンとデカい音を立てた。
千葉怖いな。イヤホンでレッド・ゼッペリン聴いていてもそれが分かるくらいだから、イヤホンして無ければ耐えられんかっただろう。
こういう輩は、「自己客観視能力の欠如」か「歪んだ自己顕示欲」のどちらかなのだろうが。

木更津に着く。
「どうせ臨海地方都市なんだろ?」と思っていたおいらの期待を、いい意味で裏切ってくれた。

なにも無い、駅前から港に向かうただ広い4車線の道路は、縮尺が狂っていくら歩いても進んだ実感が湧かない。
限りなく180度に近く空を見渡せる。霞ヶ関の機能をそのまま移植することが出来るくらい、なにも無い地が広がる。
港から半島の対岸を眺めると、遥か彼方に蜃気楼のように高層ビル群が浮かんでいた。この街の連中は、この景色をどう思うのだろうよ。

なにも無い。いや、なにかはあるんだが、なにも無いんだよ。蝉の抜殻みたいに、そこになにかはあっても、それ自体に意味は無い。
ゴリラーマンで藤本がウォークマンでジミヘンのフリーダムを聴いてる場面があるのだが。木更津という街は、そんな気分の街だ。
Get out from here, Freedom


なにか地のモンでも喰おうと思ってふらっと入った店は、「店で適当に海鮮物を選んで金を払い、席で焼いて食べる式」の店だった。BBQ形式なんだな。結構人が入っていた。
ひとりでビール飲みながらBBQさ。ごめんよ雰囲気悪くしてな。
しかし、こういうセルフ形式の店ってさ。素人が焼いたって美味く出来ないだろ?焼き慣れなきゃ食べ頃も分からんだろうに。一個800円と600円の岩牡蠣の、600円の方は明らかに焼き過ぎた。


店を出る。駅まで長い道程を戻る。駅前の巨大ビル内には、店舗が入っていなかった。ガラガラだ。それでも巨大なビルには空調が利いていて、老人や中学生が涼みに来ていた。
蝉の抜殻みたいだな。そう思った。

2011年7月11日月曜日

しちがつ #1

暑い。たぶん梅雨明けは例年より早いんじゃ無いかね?
先日、椎名町の飲屋で「去年狂ったように暑かったじゃない」と言ったら、その場に居たすべての人が去年のあの狂った夏を忘れていた。四季というのは、一周すればなにも無かったことにしてくれるらしい。日本人が恨みを持たんのは、四季のせいか。
はい、適当に言ってます。

恋してますか? 薮から棒に。薮からスティックに。いや、単純に、人間ってなにを励みに暮らしてんのかって思ってね。
コドモは母親に庇護されるべく、母親に媚び売って暮らすのね。まぁ母親の注ぐ愛情の量に寄ってコドモの性格は左右されるんじゃね? まあいい。
母親から独立するとだな。代わりに誰かに自己存在を認めてもらわにゃならなくなるんだな。社会に出ますわな。そしたら社会の中で自分の有用性を認めてもらわにゃならんのだ。

すると比較的、性欲と結びついた恋愛対象というのは、ハマりさえ良ければ巧いこと自分の有用性を認めてくれる存在になり得るのではないかね。
「社会的にダメな男でも、恋人はいたりする訳だ。」
なんだか社会的に成功したタイプに独身で過ごす人が散見されるのは(全員じゃ無いさ、そりゃ)、彼ら自分を認めてくれる大勢がいるから、今さら恋人なんて必要としない(人もいる)ってことじゃないかね。

んとなりゃさ。ごく市井に暮らす凡人たる僕らはだね。自分を必要としたり甘やかしたりしてくれる存在が欲しいんじゃないですか?

甘やかして欲しくなることも、あるじゃない。疲れた時はね。
疲れてんですか? いいえ。もっと根本的なとこがヤラレテルくさい。

2011年6月28日火曜日

ヘイ!フリークス。

※読解力に自信が無ければ、読むな。




朝、ほぼ毎朝通勤途中の駅の構内で盲の方とすれ違う。


その駅は、盲の方が多い。どうも近くに盲の方のための施設があるようなのだ。この界隈に随分と長く住んでしまった僕は、多くのそういった方々とすれ違っている。

しかしその中でも、彼は特別な存在だ。ただの盲では無いから。
背丈も低く、手足も悪いようで、肘と膝が曲がったまま固定され、歩くにも左右の手足を交互に出すでは無く、右手右足、左手左足を同時に出しなが ら、大きく身体をねじって進む。しなりの無い、堅い白杖はカタカタと地面を叩く。ぜんまい駆動のブリキの玩具のように、ガシャガシャと左右(そして上下) に揺れながら進むのだ。

彼をみた初めの頃、大変そうだな、と思った。
身体の動きが難儀だ。いろいろな「大変」を背負ってしまったようなのだな。
しかししばらく日が経ち、かなりの確率で彼に遭遇するようになると、ふとひとつ考えが浮かぶ。
「彼の動きは滑稽なのではないか?」

滑稽。僕は、毎朝心の中で苦虫を潰したような表情で自分の中の感情についての考察をする。いっそのこと、彼に告げたい。
「あなたの動きは、滑稽です。」
それに彼が傷ついたなら、言いようも無い程の罪悪感に一生苛まされることだろう。
もし彼がそれを面白がってくれたなら。
「あなたの動きは、滑稽です。」


さて。僕が以下記すことは、まったくの知識無く、いくつかの記事を読んだだけで書いている事だということをまずは述べておく。

ミゼット・プロレス、というものがあるらしい。あるらしい、でいいのか?もう後継者がいなくてほぼ廃れた、という話も聞く。
それは女子プロレスの前座に行われる、所謂小人症の方々のプロレスだ。身体の小さい分身体へのダメージも大きく危険らしいのだが、それでもエンタテインメントのプロとして、誇りを持って戦っているらしい。
コミカルで、それは笑えるショウなんだそうだ。

もうお分かりだろうが、つまりは「見世物」なんだよ。身障者を笑い者にしているということだ。
そんなこと、世間一般で黒なのか白なのか。誰も分かりゃしない。結構濃いグレイなんだろうな。
だからこそ、表だってその存在を知られる事も無い。会場に足運ぶプロレス・ファンだけが知る存在なのだそうだ。

当然、テレビなんかで取り上げられる事も無い。テレビで取り上げられたら、どうなるだろうね?

「俺たちは、テレビに出たいんだよ。スターになりたいんだ。」

「善意」と呼ばれるトリモチのような粘液によって、彼らは闇に葬り去られる。
「スターになりたい。」という思いは、その場限りの狭い空間で、人知れず半端に昇華される。

自分の想像の中に相手を閉じ込めるのも、酷なもんだ。
話してみなけりゃ、相手がどんな人かなんて分からないね。
 

2011年6月5日日曜日

サージェント・ペパー。

※久々になんか書いたら、ウダウダとまとまらぬ長文。


CDを買いに行く。また既に持ってるヤツのリマスターへの買い替えだよ。高田馬場のCD屋さん。
いくつか候補を持っていたのだが、Paul Simon の「時の流れ」に、とCCRのベスト盤は無かった。両方とも、「定番」だろうに。結局、CD屋という業態の衰退以外のなんでも無いんだよな。
店の装飾はAKB48で彩られる。残念な光景であると共に、これが商売、死活問題ってことだ。いくら「時の流れに」をおいても、何年に何枚かしか 売れないもの置くぐらいだったら、ハケのいいAKB48を置くというのが商売だよ。誰も責められはしない。これが現実だ、ということ。

知人にミュージシャンが多いので、ライヴに極々たまに顔出したりするのだが。
いや極々極々たまにでスミマセン。生で音楽聴くのもいいですよ。
でもな。レコードと言う表現体というものも、それは魅力的なんですよ。これは趣味の問題。

ボクはビートルズで音楽観が作られたので、初期の彼らの絶叫にかき消されながらステージのナカオトすら無い環境でロックンロールする姿も、それに 絶望して弛緩し切ったパフォーマンスする彼らも、そしてステージを放棄してレコーディング・アーティストに専念する彼らも好きなのね。

彼らがステージを止めたのが66年の夏。その翌初夏にリリースされたのが、Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band 。 これ、語り出すと長くなるから。
今日の主眼はこの内容では無い。

アルバムは、ライヴ・コンサートの様相で始まる。ストリングスの音合わせの後、観客の絶叫に迎えられて登場する軍曹の傷心楽隊。もちろん、これは疑似コンサートなんだけどね。
今の子達に言ったって、ありきたりなんだろうけどさ。みんなこれを真似てるからね、新鮮味は薄れる。でもこれは当時は相当衝撃的なコンセプトだったんじゃないかね?

世界で一番の出し物をやる楽隊が、もうコンサートを二度とやらないらしい。そこで届けられたアルバムが、摩訶不思議な音世界のコンサート・レコードだよ。
一時期下降気味だった彼らの人気も、これで絶対的な域にまで達してしまうのだな。

「当時の技術ではステージで再現することは出来なかった」

とされる。今では、テクノロジーの進歩のお陰で大半は再現出来そうだ。でもなぁ。Lucy In The Sky With Diamonds は、無理じゃないかな?よく知らないんだけど、あのヴォーカル・エフェクトはライヴで可能なのかな? この頃のJohn Lennon はよくテープ・スピードを変えて自分の声を変形させていたからな。


「音楽の進歩ってのは、まるで人間の凄いクリエイティヴィティや情熱によってもたらされると思われてるじゃない。でもね、実際は、テクノロジーの進歩の方が先で、その後に人の表現がついて来てるだけなんだよ。」

以前、長らくシングル曲ってのは3分台が多かった。今でもシングルの曲の長さってのは、それにちょっと輪をかけた長さなんだけど、なんでその時間だか知ってる? それはね。昔SPの片面の収録時間がそれくらいだったからなんだよ。
70年代初期に流行ったプログレッシヴ・ロックの人達も、当時の表現媒体がLPじゃ無くってCDだったら違う表現になってただろうよ。A面、B面 気にしなくて曲が作れるんだからさ。もしCDの時代に Dark Side Of The Moon や Close To The Edge が作られたら絶対違う構成になっていたはずだ。


そして、もうCDすら売れなくなる。収録媒体が変わって来ているのは、明らかだ。
ボクはよく
「最近の日本のバンドマンは普段着でステージ立ちやがって。David Bowie は本気でファンに宇宙人と思われてたんだからな。」
と言うのだが。
そう言いつつも、もう、スーパースターの時代は終わったんだよな。それが現実だ。
人々は日常的に音楽を享受し、特別なものとしての地位から引き摺り降ろされる。
簡単な器材を買う金さえあれば、誰もが音楽を作れるし、世界に向けて発表出来る。(受けるかどうかは別だけどさ。)

David Bowie 。愛してるよ。

Rolling Stones の、Mona という曲が好きだ。
初期に彼らがカヴァした、Bo Diddley の曲。所謂ボ・ビートに合わせてトレモロのかかったリズムギターがうねる。熱を帯びない、冷たいグルーヴが廻り続ける。
でもね。たとえばコンサートで、ボクのリクエストで彼らが Mona を演ってくれたとしよう。
多分、ボクは期待した程の興奮を得られ無いと思う。
何故なら、ボクが期待しているのは、あのレコードの音の肌触り、そのものだから。

音楽ってのにはいろんな要素が含まれていて、そりゃボクみたいな素人が語ったら怒られそうだけどさ。素人なりに コードとかメロディとかリズムとか、超絶テクニックだとかさ。新しいサウンドとか。いろいろあるさ。それくらいは挙げられる。

Eno って人がいてね。Roxy Music っていうバンドで人気メンバーだったんだけど、ヴォーカリストよりモテたので追い出されたって人。
後にアンビエントというジャンルを作っちまった人さ。偉人だね。どんだけ凄いかはここでは語らないけどさ。
そんな彼、幼少期にエルヴィス・プレスリーが好きだったそうだ。Heart Break Hotel が大好きだったんだって。

「ボクは、あのレコードのエコーが堪らなく好きだったんだ。」

この台詞を聞いた瞬間、ボクはもう、自分は音楽家には成れないんだな、と思ったよ。Eno は、エコーが好きだったんだってさ。


ボクは1960年代のロックが好きでね。ずっと、それが好き。
そしたらさ。
「あいつがそれだけ聴いて他を聴かないってのは、実は『音楽』を好きじゃ無いんじゃないか?」
と言う人がいるらしい。

なんなんだろうな?と自分で考えていたら、結局自分が好きなのは、1960年代の、あの音なんだということに気付いたよ。

John Lennon という人が大好きなんだが。60年代から70年代前半まで活躍した人。70年代後半を引退していて、1980年に復活したんだけどさ。
大好きな彼の音楽なんだけれども、1980年にリリースされたアルバムというのが、ダメなんだよ。

なにがダメなのか。 理由は明らかだな。1980年代の、音。

ボクはね、「60年代のレコードの音」が好きなんだよ。これって、音楽が好きってことにはならないのかね?

まぁ別にいいけどさ。
 

2011年5月23日月曜日

くるまや。

依存心が非常に強い。と思う。

といいつつも、これが「強い」のかどうかについてはあまりよく分からない。というのも「強い」のか「弱い」のかは比較対象が無いと分からない、相対的なものような気がするから。

絶対的に
「あなたは依存レベル13です。日本人成年男性の平均は9ですから、強い方ですね。訓練で11くらいまで下げた方がよいでしょう。訓練プログラム、受けますか?」
とか言われればいいのだがね。

よく夢でうなされて叫んでいるのに気付くのだが、そう、半覚醒状態で夢なのが分かりつつも怖い、そういうこと。多分、内容的には他人から見たら 「ネガティヴ」な要素がほとんど見つからないようなことが多いのだろうと思う。そんな内容でも勝手に苦しくなれるという器用なわたし。

んで、さっき観た夢というのが世間的にはごく当り前の人間関係の内容だったのだが、とても怖い気分になったのだな。

「自分の居場所が無い」

別に大した内容じゃ無いのに、その中からそういう気分を器用に抽出してとても苦しくなる。
自分の居場所が無い、という状態が怖い。自分のいる場所、そういうものにとても依存しているのだろう。

ここでふと思ったのだが寅さんも「くるまや」が無くなってもあんな暮らしができるかね。あの人も「くるまや」の存在に依存しているからふらふら出来るのではないかね。
結構、人間は自分の弱点を隠すために自分の本来と全く逆のキャラクターを演ずることがある気がするな。
寅さんなんて、まさしくそんなキャラじゃないか?

ってな感じで全然関係無いとこに話を飛び火させて終わる。



昨日は昨日でまたとても嫌なことがあったんだが。「あった」のは一昨日か。
そりゃまた後日。王様の耳はロバの耳、みたいに吐き出したいのだが、現時点では早過ぎる。
 

2011年5月15日日曜日

月と太陽。


なんだか最近人が死んだネタをよく書くな。

上原美優の自殺ってのは、どうにもやり切れん。サンジャポに出て来て、ニュースに対して突拍子も無いおバカ発言したりして、これは賛否あったがおいら結構好きだったよ。
別に「ファン」って訳じゃ無いんだけどさー。好きか嫌いかどっちでもないで分けたら好きの島に入れる。

一生懸命テレビで頑張ってたのにな。なんだか妙に前に出なきゃって空回りしてる時もあったりして。そんな時はちょっと痛々しかった。今から考えると、焦ってたのかな。
ミッツ・マングローブが
「死に様ってのも、その人の生き様だから。 でも早過ぎる。」
とコメントしていて、うん。まだ死に様を形作る歳じゃ無かろうに。24になった直後だろ。自殺っていう人の死に様を、選択として否定はしないけどさ。まだ「生きるべき」だったと思うよ。他人に対して「べき」なんて言葉使って悪いけどさ。

ご冥福を。



話、変えよう。

テレビ東京の大江麻理子アナウンサーが、いいんだよな。
モヤモヤさまぁ~ず、アド街ック天国や、報道関係に出てるらしい。硬軟使い分けられるテレ東の看板アナ。

とか言って、実はあんま知らないんだよ。モヤモヤさまぁ~ず観てたら、三人の絡みがまたいいんだよな。それくらいしか知らない。
以前テレビ朝日の大木優紀アナウンサーがお気に入りだったことがあったが、彼女も「くりぃむナントカ」での有田や上田との絡みが良かった。
アナウンサーっていう(最近はそうでも無くなっちゃってるが、本来は)堅い仕事の中でのふっと見せる素の部分、そのギャップに萌えるのかね。

なんだかたまに大江アナを嫁にしたい旨の書き込みをネット上で見かけるが、多くの男共が賛同しているのを見て、そりゃ彼女が嫁なら文句無いだろうと思うよ。

んでさ。大江アナが自分の嫁だったら、と妄想する訳さ。

・・・・・・・・・・。・・・・・。

どうもね。おいらの隣にいる大江ちゃんは、あんまり魅力的じゃ無いね。
結局、彼女が可愛いのはさまぁ~ずがその魅力を引き出せるからであって、仮においらと一緒にいても輝かないのだろうよ。組合せって大切。
多分おいらといたら大江ちゃんの魅力は、死ぬ。

ということは、だ。逆に言えばオトコとオンナってのはお互いの魅力を引き出せる組合せである必要があるんだろうな。
そうすると、一体おいらに人を魅力的にする力があるのか?との疑問が湧く。

世には、どう考えたって相手の魅力を消してしまっているオトコオンナの不幸な組合せがあるのも事実だろう。
自分が、一定のタイプの相手の魅力を消してしまうという事については自覚があるんだよな。
じゃあ、誰かを輝かせることができますか?自分。
これがまた難しい。自家発光してくんないかな。とか言ってるからダメなんだよな。

キミはね。僕に愛される喜びを押し隠している時が一番艶っぽいよ。
Hey, You've Got to Hide Your Love Away .
 

十五夜。

日比谷野外音楽堂へPuffyの15周年記念公演を観に行きました。

「わたし達も、そしてここにいる皆さんも、
 15年も続くとは思っていなかったでしょう。
 なに、ここで沸き上る小笑いはホントにそう思ってたってこと?」

15年。ここまで来ると、「『お互いに』『よく』『生き残った』な」と思ってしまう。


15年前。1996年。僕が「大やけど」を負った年。
ああ「自分の心の内側に」と書こうと思ったけれど、実際に高速走行中に自転車が分解するという事故で皮膚の上にも傷を負ったわ。まだ肩にケロイド状の痕が残っている。
1996年の傷は内側にも外側にも痕が残っているということか。

25歳になる年で、回転木馬のデッドヒートよろしく、ああここが人生折り返し地点だな、と思った。
秋には初めて出雲大社に行った。
就職のために切った髪をまた伸ばし始めて、会社と軽く揉めていた。
まだ未来に対して楽天的だった。まだなんとかなるものだと思っていた。欲しいものはきっと手に入るのだろうと思っていた。

結局のところ、25歳というのは何かの「折り返しポイント」でもなんでも無く、それから5500日という太陽の上昇と下降を経て僕の身体は紫外線劣化をした。その劣化の蓄積、そこが今日の僕のいるポイントであるということ。
双六は、折り返すのでは無く、直線上にコマを進めていく。
サイコロを振る。今日止まった升目が、楽しい升目であるように。
日々、そう願ってお天道さまに頭を垂れる。



しかしツイッタばかりしていると、文章が下手になるな。
 

2011年5月9日月曜日

うでまくら。

3日から8日まで休みを頂く。あんまり前の職場ではGWに追加で休んで長期休暇、という習慣が個人的には無かった。もう、少しゆったりと過ごそうと思う。

3日から7日まで実家に帰る。うちの母親は犬猫が苦手な為、猫が歓迎されない。初めて猫連れて帰る直前に、家に猫の檻を買って送った。2層式のでかい奴。
ずっと檻の中に閉じ込めておかねばならない、と思っていたのだが、思いの外母が譲歩してくれていたので結構檻の外で過ごすことも多い。
「家族の外出時」と「夜間」、そして「母がリラックスする時」は檻の中に入れておかなくてはならない。でもそれ以外は出して家の中を探検していたよ。

個人的にはだね。夜間檻の中に入れておく、というのは楽なんだ。毎晩僕は猫に襲われているのだからね。
未明に鑢のような舌でべろべろと腕の内側を舐められる。これが結構痛い。手で僕の身体をフミフミして揉み出す。顔をグリグリと押しつける。
なにがしたくて、なにが切っ掛けでこんなことをするのか分からないのだが。兎に角、ほとんどレイプされるように起される。

これが、檻に入れておくと無い。快眠だよ。

久々に家に帰り猫と二人でいたのだが。ベッドに入り、寂しくて猫の名を呼ぶ。
猫はとんでくる。そして僕の体側に身を寄せて、腕を枕に眠る。腕が重たい。
腕が重たいよ。と思いつつも、猫の小さな頭の温度を腕に感じて不思議な安心感を得ていることは秘密。
 

2011年4月30日土曜日

社会性の問題。

シロアリ。
これは、「真社会性」を得たゴキブリの近縁生物。植物性のものを食べる。

アリ。
これは、「真社会性」を得た、羽根の無いスズメバチの近縁種。動物性のものを食べる。

「真社会性」というのは、中に「不妊」のタイプを内包する。自身の血縁を守ることにだけ特化して、自身は生殖能力を持たない。そういう層を内包する生物群。

寄生バチの一種は卵の状態で寄生し、その先で卵内の胚が分裂し複数の子が出来る。その中の最初の個体は極端に顎が発達し、生殖能力を持たない。これは寄生先に他種が侵入した際に顎で敵を攻撃するため。この個体は成熟せずに死ぬ。


生物は「自身の遺伝子を残す」という目的を持っていると当然の如く思っていたのだが、必ずしもそういう訳では無い、というのは新鮮だ。

真社会性は主に昆虫でみられるのだが、エビの一種や、そして哺乳類でもハダカデバネズミというネズミの一種では真社会性が行われている。
哺乳類で、だよ。
ちなみにハダカデバネズミ、昔上野動物園で見たんだが、この外見のキモさって無いね。興味があったらご自身で検索。


先日俺って子供欲しいのかな? と考えていて、ふっと頭を過ったのは
「なんでそんな金かかるもん欲しがんのかね?」
という言葉だった。おー我ながら凄いこと言うなぁ、なんて思ったり。

でも似たような感覚の人って、実は多いんじゃないかね。
そうなると「不妊の層」を持つことになるのか。
ということは人類は、偽「真社会性」を獲得しているのか?

なんて考えたりしてさ。
そんなことばっかり考えている。頭の体操。
 

2011年4月27日水曜日

ほりえもんぎもん。

たまたま朝の通勤電車でホリエモンのことを考えていたら、その午後彼の実刑判決が出る。実刑?なにしたんだっけ?経済犯で実刑ってなんだよ、と思ったら、50億の粉飾決済か。うーん、やっぱり流石にこれは額が大きいかな。


ここに知らない人が辿り着く検索キーワードはどうもセックス絡みの言葉が多いらしい。そんなにエロネタは書いてないと思うのだが。でもキーワードとしては比較的多く使っているかも知れないな。
んで、今回も。

一般的なのかどうかは分からない。おいらの印象だから事実では無いかも知れないが。
男女差の一つに「女の人は性的対象に見られることに自身の価値を見出」しがちなのかな、ということを電車の中で考えていた。

社会的な成功をおさめている、例えば事業だとかスポーツだとか、の女の人でも、なんだか性的な魅力に劣るとコンプレックスを強く持つ人が多くないかね。
どうなんだろう。
「ふん、ブスのくせに。」

なんだか羨ましいくらいの成功者が、へんなコンプレックスを持っているのを見ると妙な気分になるのだな。
あなたは充分魅力的なのに、それでもまだ望むのかい?

とか考えていたのだが。一般論的にどんだけあてはまるのかな。


男って、性的な魅力ってのはさ。べつに一個人の肉体から発せられ無くてもさ。
「成功」の後からついてくるんじゃないかな。と思った訳さ。
金持ちで社会を動かすような人ってのは、なんだかんだで女の人がなびくでしょ。

と、ここでホリエモンが頭に浮かんだのさ。
ホリエモンってのは、金が無くてもセックス・アピールがある人物なのだろうか。
どうなのかなー。疑問。

うん、そんだけ。
 

2011年3月31日木曜日

ロビン。/おいがなう。/駅。

軽い話でも。



ここのところ、朝8時40分過ぎくらいに山手線の駅に到着する。駅を歩くと、陽の光が窓から差し込み、その陰となるところは穏やかな灰色となってひんやりとした表情を見せる。
意外とこの灰色が心地良い。節電で駅の照明の数を大きく減らしているのだ。

ある時期まで、「明るさ」というのは富の象徴だったのだと思う。夜の薄暗い部屋は貧乏臭い。そう感じる人も多いのだろうね。
おいらは基本的に夜は60wのレフランプ一つで暮らしているので、逆に明るい部屋はキツい。見たく無いものまで見なくてもいいじゃない。そんなに明るくして自分の富を誇りたいのかね?

東京の街は、めっきり暗くなった。看板も、店内照明も落としてひっそりと営業しているね。でも、必要に満たないかというと、そうでも無いんじゃない?
なんで必要を超える光が欲しかったのかね? 明るく無いと怖かったのかね?



花粉症の季節ですね。幸いおいらまったく関係無いですが。

さて。なんだかさ。冬、から春にかけてみんなマスクしてない?日本人って。
電車なんか乗ると半分以上の人がマスクしてたりしてさ。
確かに花粉症のオッサンがくしゃみ20連発とかを電車の中でやったりすると
「おいおい、仕方無いのは分かるからさ、マスクくらいしてよ。」
とは思う。

でも、それにしてもこの日本人のマスク大好き具合は異常じゃないかね?よその国じゃ有り得ないよ。(多分、想像だけど。)
と給食当番の時以来ほとんどマスクをしたことの無いややさんは申しております。

怖いんだよ、目だけの人に囲まれて電車乗んの。宗教?



おいらね、第二次ベビーブーマーね。
多分さ、大昔から「若さ」というものに対して人々はある価値を見出していたのだと思う。実際は知らない。大昔の人じゃないから。

でもさ、昨今ほど「若さ」に価値がおかれる時代というのがあったのだろうか?
以降は完全な想像の話だけどさ。

第二次世界大戦後、1950年の前後5年くらいの間、米国、欧州、日本、オセアニアでベビーブームが起る。実際問題戦中の人達とも価値観が違うし、数的にも彼等がマジョリティになる訳だ。うちのオヤジも1947年生まれだからな。ベビーブーマーだよ。
マーケットは最大市場に合わせて商品が作られる訳だし、彼等に訴求するイメージ戦略ってのが必要となる。金もあったしね。

すると、1970年前後ってのは「多数決」の結果としても最も「若さ」が力のあった時代さ。「若さ」が絶対だったさ。
その頃の価値観というのはそれ以前の価値観と大きな断絶があったから、揺り戻しにあうことなく「若さ」の時代は続く。バブル景気もあったし。
1990年代は第二次ベビームーマーが若者だった。四半世紀近く「若もの」の時代だった。

がね。第一次ベビーブーマーももう60歳過ぎてんだよ。第二次ベビームーマーもね、もう40だよ。
若くネェんだよ。数的な主力は「老い」なんだよ。

ってことは、マーケットも「老い」を無視出来んだろう。
これからは「老いがナウ。」な時代に突入するんだよ。
「老人ファッションがトレンド」な訳だよ。
老人天国だよ。

「老い」が絶対的な価値観の時代が来るね、これは。



ああごめん、三本ともオチ無し。 垂れ流し。
 

2011年3月28日月曜日

だらだら暇つぶし。


mixi に書いたうちの、どれくらいかを抜粋してここにアップしている。内容はね、まったく同じ。ダイレクトにリンクはさせていないので、コピーして貼っている。
だから mixi に来てくれる人にはほぼ意味が無いページなのだ。

ここはね、ある人のブログの読者になるためにアカウントをとったので、勿体無いから作ったブログなんだがね。基本的に誰かが来るこた期待していない。だからポツポツ誰かが読んだって跡が残る程度なんだけどさ。

今月「飯島愛」について書いたページの読まれた跡が普段の十倍くらいになっていて、ビビった。
一体どこから飛んできて読まれんのかね。
世の中変な風に繋がっているものなのだねえ。



前の会社も年代構成が歪だなぁなんて思っていたのだが、新しい会社は平均年齢が29歳だってよ。新入社員のおいらが、上から数えて5、6番目の年寄りだ。

最近、いろいろ社内の統計ソフトだのエクセル・マクロだの教わってんだけどさ。教えてくれる女の子はおいらの15歳年下なんだよな。
15歳年下っていや、おいらが二十歳で大学生で阿呆面してた頃は幼稚園児だったんだよな。歳とるって怖いねー。
そんな子が立派に社会人になって、オッサンにPC教えてる訳だ。
そりゃオッサン要らなくなるわ。

自分の存在理由について考えてしまうよ。正直言ってね。見つかんねー。
「あなたは、そこにいてくれるだけでいいのよ。」
とか飼い猫のように言われたいね。無理だね。



恋してますか?ってかさ。もう自分に存在理由が見つからないので誰か女の子にでも執着しないとさ。
面接にでも行きましょうか。

「で、あなたのウリはなんなわけ?」
「当(者)の希望理由を述べて下さい。」
「あたしと付合って、したいことはなんですか?」
「あたしと付合うことで得られる、あたしのメリットを述べて下さい。」

特になにも思い浮かばないねぇ。
そう考えると、世にいるカップルのみなさまは、みんな立派だねぇ。

せめて(自分が)好きな女の子くらい欲しいもんだ。
これが意外といないんだよね。なに贅沢こいてんだろうね。
秋口に僕をふった女の子は元気かね。別にふられた訳でも無いか。
 

2011年3月26日土曜日

すみれ。


おいらは多分嘘が少ない方の人間だと思う。ただ嘘が少ないからといってもすべて正直に語っているかと言うと、そうでも無い。嘘はつかなくても、発信する情報を取捨選択すれば印象の操作は可能な訳である。

ここのところある程度正直な他者批判のようなことを書こうと思っていたのだが、止めた。基本的に好きなものが少なく嫌いなものが多い人なので、他のものに対する悪口なんて言い出したら止まらないのだよ。 例えばおいらはシー・シェパードが心底嫌いなのだが、もし彼等を嫌いであるという理由をあけすけに語ったのならば、世界の半数の人を敵に回すことになりそうなので理由までは語ることは無い。

「あんたいつも自分のことばかり書いてるね。どんだけ自分好きだよ。」 という話もあるのだが、他者批判のようなネタを書かないで無難な話題に絞れば自分のことくらいしか書くことが残らなくなるのだ。

ある種の処世術だな。あいつは鏡ばかりみて過ごしている、と思って頂ければ。鏡に映った後ろの景色を眺めているのは秘密のあっこちゃんだ。




さて。等々力渓谷に行って来た。 「渓谷」という言葉に期待値を大きくし過ぎていた。もし等々力「遊歩道」だったら、なかなかいい感じのところだったよ。

途中庭園の木の根元で見つけた、ほんのほんの小さなすみれの花。
とても小さい。それでも奇麗だよ。

2011年3月22日火曜日

置き忘れ。

とりとめも無く。
と前の奴を書き始めたのだが、日記で完結してしまった。とりとめも無く、いろいろ。まとまりを欠いてみよう。


インターネットでジョン・レノンの死の二日前のスナップ写真というのが出てきたので、ボケッと眺める。1980年。
死の数時間前のフォトセッションなんてのもあるので時間軸では貴重でも無いのだが、ふとした瞬間を捉える素の写真ってのはそれはそれで。
随分と痩せてたんだな、この頃は。ダブル・ファンタジーの頃はマッシュルーム・カットみたいな長めの髪だったのが、この時は後ろだけ残して短めだ。ジャンボ・カットか?

触発されて家にあるビートルズ解散後唯一のジョンとポールの2ショット写真を眺める。これもつまらんスナップ写真だが。1974年。
メイ・パンが撮影したのだと思うが、まさかこんな写真が貴重なものになろうとはね。
生きてる間はみんな人生は永遠だと勘違いして過ごしがちだ。


ある程度ここに書いているのは文章の流れとかキャラ設定とかが関係するので、すべてダイレクトに本心を書いている訳でも無いのだが。
でも数日前に書いた地震の最中「僕は誰を守るのだろう?」と思って誰も思い浮かばなかったというのはホント。

これってヤバくね?
多分、コドモとかいる人はコドモの顔とか浮かぶんだろうな。若い恋人達は互いの顔を浮かべるんだろうかね? 地震の直後、結構みんな関係者に電話なりなんなりしていたのだが、おいら随分経って会社の皆さんと避難完了してから
「あ。実家に電話でも入れとこうか。」と思い出して電話したんだったな。一応連絡しておこう。

流石になんか大切にした方がいいな。これは感情的に死んでるのかね?


前のとちょっと被るのだが。

人間関係ってどれくらい保つものかな、とボケッと考えていた。親子関係は一生だな。絶縁状態の人もいるかも知れないが。
友達は? どれくらいのもんかね?
結婚に至らない恋愛関係は? どんくらい付合ってんの?

そう考えると赤の他人のオトコオンナが共に暮らす夫婦って凄いな。と思った。

んだが。同じ屋根の下で似たようなもの喰って暮らしてりゃ、きっと似て来るんだよ。多分。違う?


まあいい。
  

上野。























※なんだか写真ガタガタ。直し方分からんからほっとく。





とりとめも無く。



なんとかは風邪ひかないを文字通り体現してきたのだが、木曜日の夜中に怠くなって金曜日は微熱が出ていた。
少しは利口になったかとも思ったが、実際は「老化」なのだろうよ。
よく前の会社の身体が弱い(そういう奴に限って減らず口だw)同僚に言われてたのだが
「身体の強い奴はほんのちょっとおかしくなっただけで大騒ぎする。」

まったくその通りで、なんだか全身倦怠一日ダメだった。多分だが、地震ストレスで身体がイカレタのだと思う。ひ弱だ。いや繊細だ。どっちでもいい。

土日と寝潰して、起きてる間は借りてた「水曜どうでしょう」のDVDを観てた。洋ちゃん、パパパパパフィーに「北海道限定スター」として出てたの10年以上前だもんな。出張で札幌行った時にポスターに彼が出てて
「あ、本当に大泉洋ってスターだったんだ。」
と思ったもんだった。今じゃご立派になられて。


風邪ひくと気分が感傷的になるようだ。突然、彼に会いたくなった。
ハシビロコウ。


いや単に日曜の夜テレビに出てただけなんだけどさ。以前上野動物園で彼には会っている。不思議な顔の、「マッタク動かない奴」。
シュールな怪鳥の置物みたいな奴だよ。素敵。

肺魚が好物なんだって。んで、水辺でマッタク動かないで肺魚が空気を吸いに上がって来たところをバサッとやっちゃうのよ。
しかし何故肺魚? 美味いのか?


日曜日のスーパームーンに「月曜日が晴れますように。」と祈ったら、雨でした。

雨でもすること無いから上野動物園、赤い傘さしてひとり行こうかなと思ったらさあんた、地震後休園らしいじゃないの。
自分の巡り合わせの悪さに感動するね。でも、いいや上野行く。

寒い春雨の下、ホームレスが雨に濡れたまま眠っていた。
その傍では花が見える。

寒桜。 日本人は桜が好きだからな。
 

2011年3月20日日曜日

80。/NHFH。

※ 豪華二本立て。しかし、後半 NHFH はエグい。
  エログロに耐性が無ければ、NHFH は読まない方がいいのさ、ダーリン。


■ 80。

仕事で「セゾン」についていろいろ調べていた。セゾンっていや、ウディ・アレンだね、テレビ・コマーシャル。そして、そのバックの「おいしーおいし生活♪」だよ。
それは空虚な、1980年代。おいらが小学校中学年〜高校を卒業するまでの10年間だ。
中学校に入って突然に「1960年代の虜」となってしまったおいらには、その1980年代の空気ってのは、なんだかプラスチックの板を噛まされて 「どうだ美味いだろ?」と問われているような気分だった。世間は、なぜか口角を上げニコニコと微笑んでいたが、微笑むことが義務付けられような強迫観念で 強張っているように見えた。
未だ80年代というものが分からない。ローリング・ストーンズが原色のシャツとジャケットを着てポーズをとっている時代。

さて。

 おいしい生活。

という時代の言葉は、妙な違和感を残す。それは1982年のことらしい。
生活が、おいしいって?幼心にびっくりしたね。これは、新しい表現の可能性の扉が開かれたんだ。そんな気がしたよ。

「おいしい生活。」という言葉を作ったのは糸井重里という人らしい。
その仕事は、コピー・ライターというらしいよ。凄い仕事だな、と思った。
一言で、人の想像力を未知の世界に導く。


 じぶん、新発見。
 いまのキミはピカピカに光って
 おいしい生活。
 ほしいものが、ほしいわ。
 くう ねる あそぶ
 A・B・C・Dのうちで、あなたに当てはまる部分をお読みください。
 想像力と数百円
 サラリーマンという仕事はありません。
 僕の君は世界一
 本読む馬鹿が、私は好きよ。
 あそんでねむれ。
 好きなひとが、できました。
 不思議、大好き。

いいじゃない、糸井重里。僕の頭蓋骨はプラスチックで、パステル・ピンクだ。
中身にはココナッツ・ジュースが詰まっている。そんな時代の空気だな。

しかし。彼がメディアに頻繁に登場するようになると、おいらは人と出会うたびに言われたものだ。

「糸井重里に似てるね。」

あんま嬉しくないね。
いつのまにかコピー・ライターという職業への憧れは消えていたね。




■ NHFH。

人が持てる守備範囲ってのはそんなに広く無い。これは個人差もあるが、おいらは結構狭い方だと思う。しかしTwitterって無数の言葉や情報が ダラダラと流れてきて、これは結構守備外の球も捕れるのでいいよ。フォロウする相手で一次スクリーニングしているから、野球をやってるのにアーチェリーの 矢が飛んでくるようなことも無いしね。

んで、なんだか妙なつぶやきを見つけたんだな。
「へー高田馬場にも○○○があるんだ。」

○○○。
ニューハーフ・ファッションヘルス。

おいらの頭の中には地中海に浮かぶ巨大な疑問符と同様のクエスチョンマークが出現したのだよ。 ?
えーっと、ニューハーフ、ファッションヘルス、ですか。。。?
 
ファッションヘルスというものを知らない方に解説するとですね。
シャワーと小さなベッドがついた狭い個室で、無着衣の女性が男性客の身体を弄ってサービスする、という業態です。

ということは、無着衣のニューハーフさんがお客の身体を弄ってサービスしてくれるのね。
で、客って誰よ?

男? 女? 男ノンケ? 男ゲイ?

おいら同性愛者に大きな偏見は無いつもりだが、恋愛関係と肉体関係だけはごめんなさい、女の人ですらろくに抱けないのに男なんて無理です。状態なのだね。だからどういう需要があるのか、まったく想像出来ません。

ニューハーフという方々も、バリエイションがあって、

・工事完了
・竿付き玉付き
・竿付き玉無し

とかさ。三万歩譲って「工事完了」なら分からんでも無い。でもなにが楽しくて「竿付き」の女の子と戯れるのだろう?

指名写真を眺めていると、どう考えても「ゴツい兄ちゃんがヅラ被って化粧してる」てのが数人いてさ。見てみると、彼女ら、

・女装子

というらしい。
なにが楽しくて「女装した兄ちゃん」と戯れるのだろう?

「女装子」って、なにものよ?とずっと考えていたのだが、これどう?多分、
「女装系じゃないゲイのお兄さんがバイトで女装してお店に出ている。」
これが一番しっくりくると思うのだが。流石にノンケでこの仕事はキツく無いか?

うーん、世の中にはまだまだ知らないことが多いのだな。と思ったことだよ。
 

2011年3月19日土曜日

いろいろ。

三月十二日。



流石に、人生最大の地震経験だったな。東京千代田区のビルの5Fにいたのだが、延々と揺れた。横にも揺れたが、縦にも揺れた。縦揺れが来た時に
「これは近いな(震源地)。」
と思ったが、ヤフーで宮城だって知ったときはビビったよ。東京でこんだけ揺れてるんだから、宮城はどうなのさ。
長く、何度も揺れたので地震酔いを起した。船酔いなら船から降りることを想像すればいいのだが、地震では降りるところも無い。

ツイッターでテレビ画面の写真を送られるのをみて、愕然とする。津波だ。

二度目の大揺れの時、僕の席が一番非常階段に近いので、扉を開ける。近隣ビルの人達は結構大勢ヘルメット被って下に降りて行ったよ。
僕の新しい会社の人達は、どうなってんだろうねーみたいな感じでもの静かになにもしていなかった。
随分経ってからみんなで避難することになったが、どう考えてもタイミングを逸していたな。北の丸公園に着いた頃には他の会社人の人達は解散しているようだった。
うちの会社もその場で解散。

解散といわれるので、僕はひとり歩いて帰っちゃったよ。解散だからいいんだよな。よく分からんが。
午前中からとある料理のことばかり考えていたので、延々と歩きながらセロリとピーマンとビネガーのことを考えていた。

武道館では遊助のコンサートということで、ファンが次々と集ってきていた。中には非常線が引かれて入れないけどね。しばらくして「延期です」とメガフォンで発表。みなガックリしていたよ。いや、どう考えたって無理だろ。

目白通りは多くの人達が流れている。高架下では人波の中ホームレスが寝ていた。守るものが無い人間は強い。本当だよ。守るものを作ると大変だ。
僕が一番心配したのはCDだ。地震の揺れの最中、僕は
「誰を守るのだろう?」
と考えたが、誰も思い浮かばなかった。誰もね。

途中小さなスーパーがあったので、セロリとピーマン、マッシュルームを買う。ビネガーが無かったのだが、ミツカンのデカい瓶の酢を手に取る。もう 少しで買うとこだったが、瞬時別の方法を思いつく。「ビネガー+砂糖」を使う予定だったのを「味醂+α」で解決しよう、そうしよう。

セロリをかかえてJR駅前を通る。シャッターを降ろしていた。夕方18時の山手線の線路を、撮影している人がいた。一切の光を持たない山手線の線路は異様だ。

帰宅。玄関の1000枚CDラックは、予想通り300枚程ぶちまけられていた。ガックリ。ガックリだ。
吃驚したのは、うちのベランダへのガラス戸、バカでかくて分厚いガラスが二枚入っている、つまりもの凄く重い引き戸が、(鍵をかけ忘れていたのだが)勝手に30cmくらい開いていた。

でもそれくらいだったよ。家の被害はね。

テレビをつけて、調理を始める。ガスが止まっていた。でもスイッチ入れて復旧。調理中余震があったが、すぐガスが止まった。逆に安心する。

頭の中で作った通りの味が出来た。トマトケチャップを知らない人がナポリタンを作ったらどうなるか、というのを試してみたのだ。
ひとりいつものようにテーブルについて、ナポリタンを食べながらテレビを見る。
世間の混乱と対比する日常風景が異様だった。東京は帰宅難民の問題で大騒ぎだった。

あれ。帰ってきてよかったのかな?

あまりも日常の食卓とテレビ画面が異なる。千葉で燃料タンクが地上を炎と煙りに包んで燃えている。津波で家々が流れて行く。ゴミと家が一緒に海に棄てられている。余震は続く。地震酔いが治まらないな、と思いながらひとりナポリタンを喰う。

猫がCDケースの欠片で遊んでいる。うちの子は、野性を失ってひとりでは生きられない。いざとなったら、置いていくことも考えないといけないな。
そう思って抱きしめる。そうだな。僕は自分の子供も棄てるだろうよ。

そんなもんだ。
 

ホテル。

三月五日。




祖母の葬儀より帰宅。父方の祖母。97歳だそうだ。老衰。亡くなった瞬間が分からなかった程、眠るような最期だったらしい。幸せな幕引きだ。

孫七人、曾孫五人。
一番上の孫、祖母を映画に撮った人は隠岐島で撮影があり戻れず。
FAXで弔辞を送ってくる。映画監督だ。書く文が違う。

親戚、というのは人間観察という意味ではとても面白いサンプルだ。とても、面白い。血、とはなにか。家とはなにか。
しかしそれはまた後日。


妹が、1歳の甥を連れて帰郷。おいらも初めて甥に会えた。伯父さんになった訳だ。うちの親も爺さん婆さんになった訳だな。勝手に肩書きだけ付けないで欲しい。

妹と甥が実家に泊まる。おいらと義弟は、ホテルに追い出された。
静岡の、製茶工場がところどころ立つ住宅街。実は、ここは5歳までおいらが暮らした町内だ。小さなアパートの二階で暮らしていた。角部屋だった。二階に上がる鉄階段の、上がり切ったところからホテルの建設が見えた。
3歳頃の記憶だろうか。アパートの向かいには中学校。ピンクレディーが通っていた中学校。

自分の初期記憶に出てくる建物の、あの頃作られた建物の内部に初めて足を踏み入れる。当時はそこそこのグレイドだったはずのものも、35年の年月は幾多の流行り廃りの時の流れを経て、ただの巨大なコンクリートの塊となっていた。
内装は壁紙を張り替え浴室を入れ替えそこそこ奇麗だったが、如何せん建物というものの古めかしさはかえられない。廊下、隣室の水道音が響く。しか し、することの無いひとりの夜は眠ることくらいでしか埋めることが出来ない。500ml500円のホテル自販機のスーパードライで早々に眠りにつく。

朝、水シャワーを浴びる。水シャワーは言い過ぎか。25度くらいの温度。今頃なら42度くらいが適温かね。水しか出なかった。バナナを喰って、チェックアウト。朝の界隈を散歩。

5歳まで暮らしたアパートは跡形も無く、その上に建物も建って場所の特定すら難しい。耳鼻科も床屋も無くなっている。蕎麦屋があるじゃないか。懐かしい名前にひかれてゆくと、昨秋閉店の張り紙が。
中学の壁も幼い頃と変わっていた。幼い頃母に
「中学の周りを一周走って来い」
と言われ、走るのが嫌でちんたら時間を潰していたことを思い出す。
なにもかも嫌でちんたら時間を潰すところは変わっていない。

5歳児と39歳児では距離の縮尺が変わったいた。あんなに遠く感じていた小学校も病院も、歩いてすぐの場所にあった。とっても狭い世界の話だった。とっても大きく思っていたものが、時間の経過で小さくみえることはままあることだ。
自分が西方の仏さまのように巨大に思える。そんな自分も、大きな掌の上で踊っているだけなのだがね、
 

2011年2月23日水曜日

緑の中を走り抜けてく。

新しい会社の極近隣にはあまり店が無く、飲食店の林立するエリアへはほんの少し歩かねばならない。20時過ぎに夕飯を喰わんとふらっと出掛けると、先にオレンジ色の看板が見える。吉野家だよ。
無職の頃はほとんど自炊していたのだが、それでもたまに「松屋」に行っていた。安く腹が満たせるから。

(前職時代)仕事をしながら、業界の商品価値が「速く安く」でしか求められなくなって行く現状に嫌気が差していたのだが。自分がプライドをもって行う仕事が素人臭い「速くて安い」仕事に市場を奪われることに静かな怒りを感じたものだった。
しかし矛盾する思いで牛丼を眺めるのだな。安けりゃ、安いだけいい。しかしこれだけ安くなると、牛丼を作る人はなににプライドを感じて供するのだ ろう。「安く満足して頂けること」に感じるのだろうか。そうであるならば、おいらも随分と器の小さな人間だ。あんたを満足させるよ。でも、金はもらうよ。

吉野家の「牛鍋丼」。初めて喰った。280円。結局、玉葱と牛肉の牛丼に比べ大量のシラタキでコストダウンを図った訳だ。甘めの味はいいんだが、おいらシラタキそんな好きじゃ無いのね。金に瀕しない限りはリピートしないだろう。
サラダを付けて、370円也。昨晩の一人酒の17分の1の値段。なんて安く夕食が摂れるのでしょうか。感謝します吉野家様。あなたのおかげでまた酒が飲めます。

店を出て、寒々とした空の下、ポケットに手を突っ込んだ中年男は歩道を猫背に急ぎ足で仕事に戻ります。後ろから、足音。音が軽い。これは女だ。
振り返ると、髪の長い少し品の良さげな若い女が急ぎ足で後ろを歩いています。
眼前の歩道脇には停めてあるシルバーのポルシェ。運転席には若い男。
女は車道に降りて少しすました顔をして周りを確認し、ふとポルシェの右扉を開けます。おいらが猫背のままクルマの切れ目を見つけて車道を横切ろうとするところ、シルバーのポルシェは目の前を過ぎて行きました。
シルバーのポルシェは、女を助手席に乗せて皇居の方向へと抜けて行きました。
おいらは牛鍋丼で腹を満たしてもう一仕事です。おいらには若い女もポルシェもありませんが、なにものにも代えられない「ひねくれた自分」というキャラクターを持って全力逃走中です。
 

2011年2月13日日曜日

チョコレイト・ディスコ。

朝からチョコレイト・ディスコのサビがぐるぐる頭の中を廻っていた。
昼過ぎに突然メロディを忘れてしまって、それからというもの壊れて同じところを繰り返すレコードのように続きに到達できない。ぐるぐるだけが頭の中で廻っている。

土曜日の朝、新幹線に乗り田舎に帰る。母方の伯父の納骨式に参列するためだ。他にもいろいろ実家に用事もあったので、よい機会だ。
東京も寒かっただろうが、静岡も、それはもう思考すらが凍結せんばかりに寒かった。午前の墓前礼拝(その家だけが敬虔なクリスチャン一家なのだ)、墓地の冷え込みは想像以上だった。賛美歌を歌い、聖書の一節を説法として聞く。
伯父の死から一年も経つのだが、伯母はひとり涙を落としていた。夫婦というのは、そういうものか。おいらには「夫婦」の経験が無いので分からない。

昼の会食を経て、父母おいらの三人は母方の親戚連中とは別れる。
「母方の伯父の納骨」が目的で帰ったのだが、父方の祖母がそろそろ危ない、と数日前に話があったのだ。

祖母。96歳。ドキュメンタリー映画にもなって、ちょいと静岡では知る人もいる人なのだが。100まで生きると思ったのだがね。
祖母と父の長兄夫妻の住む家にいくと、祖母は眠っていた。ベッドの中で、どこにいるのか分からないくらい小さくなっていた。
火曜日に店に行き(亡くなった祖父が興した店があるのだ)、その二階から、降りられなくなった。階段を降りられなくなった。
多分、それが切っ掛けで気が塞ぎ込んだのだろうという。なにもしなくなって、食事も摂らず眠っている。
別に身体の悪いところなど、無いのだ。ただ、人間が、しおれている。夏草が、秋も深まり、別に虫に喰われるでも無く立ち枯れる、そういう様である。

途中で目を覚ましたようではあるのだが、でももう、なにをするでもなくしおれている。なにもしないがまま頭を垂れる。
伯父も、もう病院などには入れないと言う。医者とは阿吽の呼吸、なにもしないでくれと伝えている。

いい人生だ。理想的だな。人が亡くなる時、それが妙に「悔しく」感じることがあるものだが、祖母の場合は、一言「よい人生でした」と言えるのではないか。
あまり悔しい思いは、誰も残らないと思う。

チョコレイト・ディスコ チョコレイト・ディスコ チョコレイト・ディスコ
チョコレイト。ディ/ス/コ。
突然、いまメロディを思いだした。ああ、スッキリしたぜ。

http://www.youtube.com/watch?v=5JjV71fWq_s

2011年2月11日金曜日

奇子。

自分が若ければ「如何に生きるのか」というのが課題かも知れんが。
四十ともなれば「如何に自分に始末をつけるか」という事ばかり考える。
あとしまつ、という奴だ。


手塚治虫の「奇子」という作品がちょいと Twitter上で話題にのぼったので、即Amazonで発注してしまった。
「裏」手塚治虫の代表作とのことだ。「読後感が悪い」とか、「グロい」とかいう評価らしい。
でもな、10歳くらいで「アトムの最後」を読んで暗澹たる気持ちになった身としては、手塚治虫に裏も表も無いな。
ガキの頃「アドルフに告ぐ」をお袋がハードカヴァで買って(すぐ古本屋に出したようだが)、手塚氏がいわゆるお子ちゃま向け作家では無いことは分かっている。

読み終えて、特にグロさは感じなかった。感じ入る部分もあまり無かった。ただ壮大なストーリーが描かれている点について、よくもこのようなフィクションが作られるものだ。とひとり感心する。
これに「グロさ」や「悪い読後感」が残らないというのは、もうそういった感情に塗れ過ぎて麻痺しているのだろうか。と自分を心配してみる。


糞田舎の大地主一族が戦後の農地解放で没落していく過程を25年ほどのスパンで描いているのだが、一族すべてが狂っていて、その報いですべてが終わる。
主人公は明確では無く、群像として一族のそれぞれの生き方が語らている。それぞれの狂った生き方がね。
そういう意味ではなぜ末娘の「奇子」がタイトルなのだろう?
ああ、でも一族の狂ったものの集積所みたいな機能を果たしているのは奇子だな。誰も彼も狂っているのだが、そのバラバラの狂気は、扇の要のように末娘で繋がっている。

四半世紀にもわたる壮大なストーリー、濃厚な接点の者、希薄な接点な者、それぞれ同じ家族が自分の人生を過ごした後、最後の最後に再集合。すべてが終わる。
最後にひとり生き残った無垢な婆さんが、「家」のことを

「わしさえたっしゃなら、潰しはしねだ。」

といって終わるところがそうなんだよね。女というか、婆さんというか、「家」というものを強く意識している人間というか。
大きな波が四方から打ち寄せても、何も言わず、じっと動かず耐えていた者が、結構最後まで生き延びるものかも知れない。達観しているのだろうかね。

それならおいらは即殺される役どころだな。動きまわって、騒ぎ立てて、早死にだ。


ああ、なんだかとりとめもなく書いて終わる。
 

2011年1月31日月曜日

Money, That's What I Want 。

失職中に、昔の女と話をする。いろいろと仕事の情報をお持ちの方だから。参考情報が欲しかったのさ。
彼女は、まぁ言うなれば「俺のすべてを知る人」のひとりなのだが、それイコール恋愛関係成立では無いのだな、ということを知ることができたのは勉強でした。
彼女を、愛せる訳では無い。

彼女の言うに、
「あんたはケチだからね。」

確かに。流石、「俺のすべてを知る人」だと思った次第です。
彼女は、「なるようになる」と言います。その感覚が、持てない。
おいら小さな金には拘らないのだが、中くらい以上の金には異常に執着するのだ。金に拘らない?違うな。「金が無い」という状態に異常に恐怖を感じるのだな。

小さい頃はあんまり金に執着が無かったのだが。浪人時代に相当絞り込まれた仕送りで暮らしたのが、金銭感覚の形成になったのだと思う。
浪人してたまプラーザの浪人寮に放り込まれ、四月のある日、モスバーガーに行った。その時のレシートを見て、出て行った金額を見たときがおいらの「金」を意識した最初だな。

それ以来、妙に金に執着する人格が形成されてしまったのだ。
多分、おいらは一生金に困ることは無いと思う。自分のすべてを売ってでも金を作るだろう。売れるものがあれば、すべて売るさ。

どうしても売りたくなくて、残るものがなんなのか、それは興味がある。
なんだか何も残らず売りそうだけどな。
 

2011年1月30日日曜日

エビフライ。

近所のとんかつ屋に行った。
10年程前の一時期、たまに仕事帰りに寄っていた。途中(2003年の冬だな)仕事が忙しくなり、閉店時間に帰ることが長期に渡り無くなった頃から足が遠のいた。

メニューは、主には定食の ロース、ヒレ、エビフライの並/上/特上 で、特上は3000円台のお値段だった。未だ喰ったことは無いね、特上は。

この失業中、ある日突然エビフライを食べたくなった。
とは言え正直エビフライって、好物では無い。もちろん、嫌いじゃ無いよ。海老なら天婦羅の方が海老を大切にしている気がする。これは、個人の感じ方の問題。
エビフライがなにかのシンボルだったのだと思う。別に、それを深く意味を汲み取って、解明したいだなんて思ってもいないが。でも欲求には従っておくべきだろう。
今晩、エビフライを食べに行った、近所のとんかつ屋へ。

(上)のエビフライ単品に、胡麻和え、ビールを一本もらう。
ほうれん草の胡麻和えには、ピーナッツが入っているようだ。わたしはピーナッツは嫌い。でも、食べる。ビールを飲む。
ここのところ10ヶ月は朝から酒を飲んでいたので、このビールはマラソンの何度目かの給水に過ぎなかった。有難味が薄れる。
エビフライが揚がる。
上は、車海老が二本。
エビフライを食べる。やはり、なんだかピンと来なかった。

ピンと来ない。生きるということはこれの繰り返しなのだろうな。なにを手に入れても、きっと手応えのようなものは感じないのではないか。こんなは ずじゃないんじゃないの?次はきっと、同じことをしてももっと「ハイ」になれるはずだ。またやってみよう。いい女とセックスすれば、もっと気持ち良くなれ るはずだ。別の男となら絶頂が味わえるかも。この感触は、違う。もっと、もっと。

という訳で、またいつかエビフライを食べることだろうよ。
その近所のとんかつ屋は、三月いっぱいで店を閉めるそうだ。四十年、営業していたという。